慎思録 / 巻之一
孔子曰。民可使由之。不可使知之。愚謂。可使由之者。令行義理之所當然也。不可使知之者。不能使知其所以然也。聖人豈不欲使天下之人咸知道乎。然以其勢必不可得也。此以其禀性之上下而言可不可也。若以居位之上下言其可不可。則古人小學之敎。自王官國都。以及閭巷。皆有之。故自天子以下至于庶人之子弟。無貴賤無智愚。皆得入而學之。敎之以孝弟忠信之道。禮義廉耻之則。與洒掃應對六藝之文。故天下之人無不學。其所學皆是民生日用彝倫之法。而切于身之事。雖庸輩。易知易行。是民可使由之也。如大學之敎。是治國平天下之學。唯王宮國都有之。而其他如鄕閭族黨。雖人民衆多之地無之。葢天下億兆之民。不能使之咸入大學而敎之學之。其學之者。唯天子諸侯卿大夫元士之適子。及凡民之俊秀者而已。是民不可使知之也。
新字:孔子曰。民可使由之。不可使知之。愚謂。可使由之者。令行義理之所当然也。不可使知之者。不能使知其所以然也。聖人豈不欲使天下之人咸知道乎。然以其勢必不可得也。此以其禀性之上下而言可不可也。若以居位之上下言其可不可。則古人小学之教。自王官国都。以及閭巷。皆有之。故自天子以下至于庶人之子弟。無貴賤無智愚。皆得入而学之。教之以孝弟忠信之道。礼義廉耻之則。与洒掃応対六芸之文。故天下之人無不学。其所学皆是民生日用彝倫之法。而切于身之事。雖庸輩。易知易行。是民可使由之也。如大学之教。是治国平天下之学。唯王宮国都有之。而其他如郷閭族党。雖人民衆多之地無之。葢天下億兆之民。不能使之咸入大学而教之学之。其学之者。唯天子諸侯卿大夫元士之適子。及凡民之俊秀者而已。是民不可使知之也。
書き下し
孔子曰く、民は之に由らしむべし、之を知らしむべからずと。愚謂へらく、之に由らしむべしとは、義理の当然なる所を行はしむるなり。之を知らしむべからずとは、其の然る所以を知らしむること能はざるなり。聖人豈に天下の人をして咸道を知らしめんと欲せざらんや。然れども其の勢ひ必ず得べからざるを以てなり。此れ其の稟性の上下を以て可不可を言ふなり。若し位に居るの上下を以て其の可不可を言はば、則ち古人小学の教へは、王官国都より、以て閭巷に及ぶまで、皆之有り。故に天子より以下庶人の子弟に至るまで、貴賤と無く智愚と無く、皆入りて之を学ぶことを得。之に教ふるに孝弟忠信の道、礼義廉恥の則と、洒掃応対六芸の文とを以てす。故に天下の人学ばざること無し。其の学ぶ所は皆是れ民生日用彝倫の法にして、身に切なるの事なり。庸輩と雖も、知り易く行ひ易し。是れ民は之に由らしむべきなり。大学の教への如きは、是れ国を治め天下を平らかにするの学なり。唯王宮国都のみ之有りて、其の他郷閭族党の如きは、人民衆多の地と雖も之無し。蓋し天下億兆の民は、之をして咸大学に入りて之を教へ之を学ばしむること能はず。其の之を学ぶ者は、唯天子諸侯卿大夫元士の適子と、凡民の俊秀なる者とのみ。是れ民は之を知らしむべからざるなり。
現代語訳
孔子は「民は道に従わせることはできるが、その理由を知らせることはできない」と言いました。私が思うに、従わせることができるとは、義理として当然なすべきことを行わせることです。知らせることができないとは、なぜそうなのかという理由まで知らせることはできない、ということです。聖人がどうして天下の人すべてに道を知らせたいと思わないことがありましょう。しかし実情として必ずしもそうはできないからです。これは生まれつきの素質の上下によって、できるできないを言ったものです。もし地位の上下によってできるできないを言うなら、昔の小学の教えは、朝廷や都から村里に至るまで、どこにでもありました。だから天子から庶民の子弟まで、身分の貴賤や賢愚にかかわらず、みな入って学ぶことができました。孝悌忠信の道、礼義廉恥の規範、掃除や応対、六芸の技を教えました。だから天下の人で学ばない者はありませんでした。学ぶのはみな、民の暮らしと日々の人倫の法であり、身に切実なことです。凡人でも知りやすく行いやすい。これが民は従わせることができるということです。大学の教えのようなものは、国を治め天下を平らかにする学問で、朝廷と都にだけあり、そのほかの村里には、人の多い土地でもありませんでした。天下の億万の民すべてを大学に入れて教え学ばせることはできないからです。学ぶのは、天子・諸侯・卿大夫・士の跡継ぎと、民の中の特に優れた者だけでした。これが民は知らせることはできないということです。
解説
この章句が説くこと
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