慎思録 / 巻之一
以孝弟忠信禮義廉恥慈愛恭敬。日日求于己。自責其不足。而不休。是可爲行善焉。以孝弟忠信禮義廉恥慈愛恭敬。日日求于人。責其不足。而不休。是可爲行惡焉。欲知行善與行惡之分。無他。求己與求人之間也。
新字:以孝弟忠信礼義廉恥慈愛恭敬。日日求于己。自責其不足。而不休。是可為行善焉。以孝弟忠信礼義廉恥慈愛恭敬。日日求于人。責其不足。而不休。是可為行悪焉。欲知行善与行悪之分。無他。求己与求人之間也。
書き下し
孝弟忠信、礼義廉恥、慈愛恭敬を以て、日日己に求め、自ら其の足らざるを責めて休まず。是れ善を行ふと為すべし。孝弟忠信、礼義廉恥、慈愛恭敬を以て、日日人に求め、其の足らざるを責めて休まず。是れ悪を行ふと為すべし。善を行ふと悪を行ふとの分を知らんと欲せば、他無し。己に求むると人に求むるとの間なり。
現代語訳
孝悌・忠信・礼義・廉恥・慈愛・恭敬を、毎日自分に求め、自分の足りないところを責めてやすまない。これが善を行うことです。孝悌・忠信・礼義・廉恥・慈愛・恭敬を、毎日人に求め、その足りないところを責めてやすまない。これが悪を行うことです。善を行うことと悪を行うことの分かれ目を知りたいなら、ほかでもありません。自分に求めるか、人に求めるかの違いです。
解説
同じ徳目でも、自分に向ければ善、人に向ければ悪になるという鮮やかな対比の条です。『論語』衛霊公篇の「君子は諸を己に求め、小人は諸を人に求む」を、益軒は具体的な徳目を並べて言い直しています。正しい基準を持っていても、それで他人ばかりを責めれば悪を行っていることになる、という指摘は鋭いものです。部下や家族に厳しく求めたくなったとき、その物差しをまず自分に当てているかを問い直すと、関係の空気が変わってきます。
この章句が説くこと
求己善悪孝弟君子
関連する章句
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論語・顔淵篇司馬牛、君子を問う。子曰く、「君子は憂えず懼れず。」曰く、「憂えず懼れざれば、斯れ之を君子と謂うか。」子曰く、「内に省みて疚しからずんば、夫れ何をか憂え何をか懼れん。」
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論語・憲問篇子曰く、君子にして不仁なる者有るかな。未だ小人にして仁なる者有らざるなり。
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論語・学而篇子曰く、「君子は食らうに飽くことを求めず、居るに安きを求めず、事に敏にして言に慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂う可きのみ。」
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論語・為政篇子曰く、「君子は器ならず。」
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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荀子・哀公篇哀公曰く、善し。敢えて問う、何如なれば斯ち之を君子と謂うべきか、と。孔子対えて曰く、所謂る君子なる者は、言は忠信にして心に徳とせず、仁義身に在りて色に伐(ほこ)らず、思慮明通にして辞は争わず。故に猶然として将に及ぶべきが如き者は、君子なり、と。