五常訓 / 巻之一・総論
五常の性は體なり。其理說きがたし。用にあらはれて、見えやすきを以て、其字義をいはば、愛を仁と云ふ。愛はあはれみなり。宜を義と云ふ。宜とは事物に相應するを云ふ。各其事につきて理に當るなり。理を禮と云ふ。理とは人をうやまひ、事に則ありて、正しくすぢめ有るを云ふ。通ずるを智と云ふ。道理に通じ、是非を知るを云ふ。守るを信と云ふ。僞なくして、道をかたく守りて、變ぜざるを云ふ。此字義は、周子の說なり。韓子曰、人之所性者五、曰仁義禮智信。是人の性に、此五の者そなはれる事をいへり。故に又五性とも云ふ。此五性をすべていへば仁なり。故に孔子は、唯仁の一字を以て敎とし給ふ。是易に天地之大德曰生といへる意に本づけり。
新字:五常の性は体なり。其理説きがたし。用にあらはれて、見えやすきを以て、其字義をいはば、愛を仁と云ふ。愛はあはれみなり。宜を義と云ふ。宜とは事物に相応するを云ふ。各其事につきて理に当るなり。理を礼と云ふ。理とは人をうやまひ、事に則ありて、正しくすぢめ有るを云ふ。通ずるを智と云ふ。道理に通じ、是非を知るを云ふ。守るを信と云ふ。偽なくして、道をかたく守りて、変ぜざるを云ふ。此字義は、周子の説なり。韓子曰、人之所性者五、曰仁義礼智信。是人の性に、此五の者そなはれる事をいへり。故に又五性とも云ふ。此五性をすべていへば仁なり。故に孔子は、唯仁の一字を以て教とし給ふ。是易に天地之大徳曰生といへる意に本づけり。
書き下し
五常の性は体なり。其理説きがたし。用にあらはれて、見えやすきを以て、其字義をいはば、愛を仁と云ふ。愛はあはれみなり。宜を義と云ふ。宜とは事物に相応するを云ふ。各其事につきて理に当るなり。理を礼と云ふ。理とは人をうやまひ、事に則ありて、正しくすぢめ有るを云ふ。通ずるを智と云ふ。道理に通じ、是非を知るを云ふ。守るを信と云ふ。偽なくして、道をかたく守りて、変ぜざるを云ふ。此字義は、周子の説なり。韓子曰く、人の性とする所の者は五、曰く仁義礼智信。是人の性に、此五の者そなはれる事をいへり。故に又五性とも云ふ。此五性をすべていへば仁なり。故に孔子は、唯仁の一字を以て教とし給ふ。是易に天地の大徳を生と曰ふといへる意に本づけり。
現代語訳
五常の性は本体であって、その理は説明しにくいものです。働きとして現れて見えやすいところから、その字の意味をいうと、愛することを仁といいます。愛とはあわれむことです。宜しいことを義といいます。宜しいとは、物事にふさわしく応じることをいいます。それぞれの事柄について理にかなうことです。理を礼といいます。理とは、人を敬い、事に法則があって、正しく筋目があることをいいます。通じることを智といいます。道理に通じて、是非を知ることをいいます。守ることを信といいます。偽りなく、道をかたく守って変わらないことをいいます。この字の意味づけは周子(周敦頤)の説です。韓子(韓愈)は「人が性とするものは五つ、すなわち仁義礼智信である」といいました。これは人の性にこの五つが備わっていることをいったものです。ゆえにまた五性ともいいます。この五性をまとめていえば仁です。だから孔子は、ただ仁の一字をもって教えとされました。これは『易』に「天地の大いなる徳を生という」とある意味にもとづいています。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之二・仁之上一仁は義礼智信を兼ねて其中にあれども、五の者をならべ云ふ時は、各一理ありて、仁を相助くべし。仁の理、義を得ざれば宜しく行はれず。礼を得ざれば節分なくして立たず。智を得ざれば善悪を明かに知らず。信を得ざれば偽りありて守りがたし。四の者皆そなはりて、仁の道行はる。然れば義礼智信は、もと仁より出でて、仁をたすくる理なり。
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『大和俗訓』巻之一・為学上性とは人の心に生れつきたる理をいふ、此五性は、いにしへ今天下の人、高き賤しきも、さかし愚なるも、おしなべて天地より生れつきて、万世迄も相かはることなき故に、五常といふ。常とは変らざるなり。中につきて、仁はあはれみの心なり。是を以て四徳をかねたり。義は宜しきなり。行ふ所各其物に相応するを云ふ。礼はうやまふ心、つつしみて侮らざるを云ふ。智は明かにさとる心、道理に通ずるなり。仁義礼も智なければ行ふすべを知らず。義礼智は皆仁より出で、仁をたすくる理なり。信はまことなり。仁義礼智の心信にして偽なきを云ふ。まことなければ仁義礼智にあらず。凡此五常の性にしたがひて、人倫に対してなさけふかく、あつく行ふを人の道とす。
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『慎思録』巻之一仲虺の誥に曰く、克く寛に克く仁に、信を兆民に彰かにすと。六経の仁信を言ふは、此に始まる。又曰く、義を以て事を制し、礼を以て心を制すと。六経の義礼を言ふは、此に始まる。又曰く、天乃ち王に勇智を錫ふと。六経の智勇を言ふは、此に始まる。湯誥に曰く、惟れ皇いなる上帝、衷を下民に降す。恒の性有るに若ひ、克く厥の猷を綏んずるは、惟れ后なりと。六経の性を言ふは、此に始まる。太甲に曰く、鬼神は常に享くること無し、克く誠なるに享くと。六経の誠を言ふは、此に始まる。
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『童子問』卷上問ふ、平生論孟を熟読すと雖も、然れども未だ其の要領を得ず。願はくは詳らかに教へられんことを。曰く、可なり。聖門学問の第一字は是れ仁なり。義以て配と為し、礼以て輔と為し、忠信以て之が地と為す。仁の義に与けるや、猶ほ陰の陽に与けるがごとし。故に曰く、義以て配と為すと。相離るることを得ざるを言ふなり。礼は防閑の在る所なり。故に曰く、礼以て輔と為すと。礼に非ざれば則ち以て仁を存すること無きを言ふなり。己を尽くす之を忠と謂ひ、実を以てする之を信と謂ふ。乃ち学問の基本なり。故に曰く、忠信以て之が地と為すと。猶ほ屋を造るに基址有るがごとし。是れ其の総要なり。皆夫の仁の徳を成す所以なり。
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『五常訓』巻之一・総論一仁義二理あるにあらず。仁の節あるは義なり。仁義の二を以て、礼智を兼ぬ。故に仁をいへば、義は其内にこもる。仁義をいへば、礼智は其内にこもる。仁は礼を兼ね、義は智を兼ぬ。春は夏を兼ね、秋は冬を兼ぬるが如し。夏は春気の長ずるなり。冬は秋気のかくるるなり。仁義を以て礼智を兼ぬるは、礼は仁のあらはるるなり。礼義三百、威儀三千は、皆仁の発せるなり。是仁礼一理なり。智は義のかくれたるなり。義の、善悪をたちわかつ事、利刀の物を断つが如くなるは智の、是非することの明なるより出づ。是義智一理なることを見つべし。仁礼は陽に属し、義智は陰に属す。仁義の二をいへば、春生じ夏長ずるは仁なり。秋収り冬蔵るるは義なり。四徳にわかちていへば、春は仁なり。夏は礼なり。秋は義なり。冬は智なり。
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『慎思録』巻之二禽獣は己を愛することを知りて、物を愛することを知らず。是れ不仁に由る。故に礼無く義無し。此れ禽獣の道なり。人道は則ち然らず。己を愛し又人を愛す。是れ此れ仁有るに由る。是を以て礼有り義有り。是れ人と禽獣との由りて分かるる所なり。人苟も己に便にして礼無く、己に利ありて義無ければ、則ち禽獣と何ぞ異ならんや。
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