慎思録 / 巻之一
學者之講學勤業。皆以時日之力。故志士惜日短。今日不重來。是以學者最要惜時日。今人作無益害有益。而廢時曠日。可惜哉。辭尙體要。葢發言。須要主意專一而不支。論說明詳而不煩也。苟言談繁重。且冗長。則無要用之語。而意旨不明。聞焉者厭倦。是輕本幹而重枝葉。可爲發言之戒也。
新字:学者之講学勤業。皆以時日之力。故志士惜日短。今日不重来。是以学者最要惜時日。今人作無益害有益。而廃時曠日。可惜哉。辞尚体要。葢発言。須要主意専一而不支。論説明詳而不煩也。苟言談繁重。且冗長。則無要用之語。而意旨不明。聞焉者厭倦。是軽本幹而重枝葉。可為発言之戒也。
書き下し
学者の講学勤業は、皆時日の力を以てす。故に志士は日の短きを惜しむ。今日重ねて来たらず。是を以て学者は最も時日を惜しむことを要す。今人無益を作して有益を害し、時を廃し日を曠しくす。惜しむべきかな。辞は体要を尚ぶ。蓋し言を発するは、須らく主意専一にして支れず、論説明詳にして煩ならざることを要すべし。苟も言談繁重にして、且つ冗長なれば、則ち要用の語無くして、意旨明らかならず。聞く者厭倦す。是れ本幹を軽んじて枝葉を重んずるなり。言を発するの戒めと為すべし。
現代語訳
学ぶ者が学問を講じ仕事に励むのは、すべて時と日の力によります。だから志ある人は日が短いことを惜しみます。今日という日は二度と来ません。ですから学ぶ者は、何より時と日を惜しむことが必要です。今の人は無益なことをして有益なことを損ない、時を捨て日を空しくしています。惜しいことです。言葉は要点を押さえることを尊びます。言葉を発するときは、主旨が一つにまとまって枝分かれせず、論じ説くことが明らかで詳しく、しかも煩わしくないことが必要です。もし話がくどく重たく、しかも長ければ、要となる言葉がなく、趣旨がはっきりしません。聞く人は飽きて疲れてしまいます。これは幹を軽んじて枝葉を重んじることです。言葉を発するときの戒めとすべきです。
解説
時間を惜しむことと、言葉を簡潔にすることの二つを並べた条です。二つは別の話題に見えますが、どちらも無駄を省いて本質に力を注ぐという点で通じています。「辞は体要を尚ぶ」は『尚書』畢命篇の言葉で、言葉は要点を備えることを尊ぶという意味です。益軒は、話が長くくどいと聞き手が疲れ、肝心の趣旨が伝わらないと言います。会議や報告で結論から話すこと、一つの話に一つの主旨を込めることは、相手の時間を大切にすることでもあります。
この章句が説くこと
時間言葉体要学問簡潔
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