幽夢影 / 巻上・其の悶え尤も盲に過ぐ
目不能識字,其悶尤過於盲;手不能執管,其苦更甚於啞。
新字:目不能識字,其悶尤過於盲;手不能執管,其苦更甚於唖。
書き下し
目の字を識る能はざるは、其の悶え尤も盲に過ぎ、手の管を執る能はざるは、其の苦しみ更に啞に甚だし。
現代語訳
目が見えても字が読めないのは、そのもどかしさは盲目以上です。手があっても筆が執れないのは、その苦しさは口がきけないこと以上です。
解説
読み書きができないことのつらさを、目と口の不自由にたとえて強調した対句です。字が読めない人は、目の前に書物があっても中身を知ることができず、見えているのに見えないもどかしさを抱えます。筆が執れない人は、胸の思いを文字にして遠くの人や後世に伝えることができません。管は筆のことです。読書人の張潮にとって、読み書きは生きることそのものでした。一方で友人の陳鶴山は、今の世では字を知らず筆も持たない人のほうが、かえって楽しく暮らしているものだと皮肉っています。読み書きの力は、自分の世界を広げ、思いを届けるための最も基本の道具です。
この章句が説くこと
学問読書識字表現言葉
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