幽夢影 / 巻上・其の悶え尤も盲に過ぐ
目不能識字,其悶尤過於盲;手不能執管,其苦更甚於啞。
新字:目不能識字,其悶尤過於盲;手不能執管,其苦更甚於唖。
書き下し
目の字を識る能はざるは、其の悶え尤も盲に過ぎ、手の管を執る能はざるは、其の苦しみ更に啞に甚だし。
現代語訳
目が見えても字が読めないのは、そのもどかしさは盲目以上です。手があっても筆が執れないのは、その苦しさは口がきけないこと以上です。
解説
読み書きができないことのつらさを、目と口の不自由にたとえて強調した対句です。字が読めない人は、目の前に書物があっても中身を知ることができず、見えているのに見えないもどかしさを抱えます。筆が執れない人は、胸の思いを文字にして遠くの人や後世に伝えることができません。管は筆のことです。読書人の張潮にとって、読み書きは生きることそのものでした。一方で友人の陳鶴山は、今の世では字を知らず筆も持たない人のほうが、かえって楽しく暮らしているものだと皮肉っています。読み書きの力は、自分の世界を広げ、思いを届けるための最も基本の道具です。

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『洗心洞箚記』後自述然り而して聖人と雖も一たび言詮に落つれば、則ち其の弊必ず生ず。故に後の文を浮かべて実無き者は、是の文を仮りて以て口実と為す。冥行して著らかならざる者は、是の行を仮りて以て口実と為す。忠信にして学を好まざる者は、是の忠信を仮りて以て口実と為す。而して詩書執礼も亦各々弊有り。其の是に至りて、道徳太虚の微乃ち隠れ、而して聖人の意も亦荒る。夫れ聖人固より其の弊の将来に盛んなるを知る。故に曰く、文質に勝れば則ち史なり。文は吾猶ほ人のごときこと莫からんや。躬ら君子を行ふは、則ち吾未だ之を得る有らずと。是れ乃ち予め其の浮文の弊を防ぐなり。曰く、蓋し知らずして之を作る者有らん。我は是れ無きなりと。是れ乃ち予め冥行の弊を防ぐなり。曰く、十室の邑、必ず忠信丘の如き者有らん。丘の学を好むに如かざるなりと。是れ乃ち予め忠信にして学を好まざる者の弊を防ぐなり。而して詩書執礼の弊も、亦戴記の経解に見ゆ。吾故に曰く、聖人と雖も一たび言詮に落つれば、則ち其の弊必ず生ずと。此を以てなり。