慎思録 / 巻之一
凡爲學焉者。將以濟用。故學必施於事。而後可爲有用之學。其曰有用之學。何也。曰。是明人倫施事業。修己治人之學也。不然則雖了悟於玄理。大言說高妙。何以於人倫之道。而有濟乎。可謂無用之學也。夫爲學如此。則果何有小補于天地之間哉。可謂爲無益而害有益也。
新字:凡為学焉者。将以済用。故学必施於事。而後可為有用之学。其曰有用之学。何也。曰。是明人倫施事業。修己治人之学也。不然則雖了悟於玄理。大言説高妙。何以於人倫之道。而有済乎。可謂無用之学也。夫為学如此。則果何有小補于天地之間哉。可謂為無益而害有益也。
書き下し
凡そ学を為す者は、将に以て用を済さんとす。故に学は必ず事に施して、而る後に有用の学と為すべし。其の有用の学と曰ふは、何ぞや。曰く、是れ人倫を明らかにし事業に施し、己を修め人を治むるの学なり。然らざれば則ち玄理を了悟し、大言して高妙を説くと雖も、何を以てか人倫の道に於て済すこと有らん。無用の学と謂ふべし。夫れ学を為すこと此くの如くんば、則ち果たして何ぞ天地の間に小補有らんや。無益を為して有益を害すと謂ふべきなり。
現代語訳
学問をする者は、それによって役に立とうとするものです。だから学問は必ず物事に施してこそ、有用の学と言えます。有用の学とは何でしょうか。人倫を明らかにして事業に施し、自分を修め人を治める学問です。そうでなければ、奥深い道理を悟り、大きなことを言って高尚なことを説いても、人倫の道に何の役に立つでしょう。無用の学と言うべきです。学問がそのようなものであれば、いったい天地の間に少しでも補うところがあるでしょうか。無益なことをして有益なことを損なう、と言うべきです。
解説
学問は事に施して初めて有用になると言い切る条です。「己を修め人を治む」は朱子学が大学の道として掲げる修己治人で、自己修養と世の中への働きかけを一続きのものと見ます。「玄理を了悟す」は禅や老荘のように高遠な悟りを求める学び方への批判と読めます。益軒自身、本草学や養生、子どもの教育など暮らしに役立つ著述を多く残しました。学んだことが周りの誰かの役に立っているか、という物差しは、今の仕事や勉強にもそのまま使えます。
この章句が説くこと
学問修己治人人倫実学
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