慎思録 / 巻之一
學者必通道。而後可爲君子之學。故修孝弟忠信之餘暇。須以研究於義理開發於聰明爲務。苟不然。則雖博學廣聞經義詳審。不能通道。徒記誦訓詁之習而已。何以可判斷於天下之事理。辨別於天下之是非。而無差失乎。且或以雕蟲之文。藻飾之詞爲事。雖巧。亦何有益于己補于人乎哉。
新字:学者必通道。而後可為君子之学。故修孝弟忠信之余暇。須以研究於義理開発於聰明為務。苟不然。則雖博学広聞経義詳審。不能通道。徒記誦訓詁之習而已。何以可判断於天下之事理。弁別於天下之是非。而無差失乎。且或以雕虫之文。藻飾之詞為事。雖巧。亦何有益于己補于人乎哉。
書き下し
学者は必ず道に通じて、而る後に君子の学と為すべし。故に孝弟忠信を修むるの余暇、須らく義理を研究し聡明を開発するを以て務めと為すべし。苟も然らざれば、則ち博学広聞、経義詳審なりと雖も、道に通ずること能はず、徒らに記誦訓詁の習ひのみ。何を以てか天下の事理を判断し、天下の是非を弁別して、差失無かるべけんや。且つ或いは雕虫の文、藻飾の詞を以て事と為す。巧みなりと雖も、亦何ぞ己に益し人に補ふこと有らんや。
現代語訳
学ぶ者は必ず道に通じてこそ、君子の学問と言えます。だから孝悌と忠信を修める合間に、義理を研究し聡明さを開くことを務めとしなければなりません。そうでなければ、広く学び多く聞き、経書の意味に詳しくても、道に通じることはできず、ただ暗記と語釈の習いにすぎません。それでどうして天下の事の道理を判断し、天下の是非を見分けて誤りがないようにできましょう。また、細工のような文章や飾り立てた言葉を仕事にする者もいます。巧みであっても、自分に益し人を助けることが何かあるでしょうか。
解説
学問の目的を、道に通じて物事を正しく判断できることに置いた条です。「雕虫」は虫を彫るような小細工の意味で、前漢の揚雄が辞賦を「雕虫篆刻」と呼んで退けた故事に由来します。益軒は暗記や語釈、美文を否定しているのではなく、それが判断力に結びつかなければ意味がないと言っています。知識が豊富でも、いざという場面で是非を見分けられなければ役に立ちません。学んだことを判断の力に変えているかを、自分に問いかけたくなる一条です。
この章句が説くこと
道義理判断君子学問
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