慎思録 / 巻之一
以仁愛作善爲樂。是君子之心。雖衆人。若有志好善。則其知之行之也。各循其生質之分。而至之易。何則人性本善。好善惡惡。是天性之自然者。故夫婦之愚不肖。亦可與知能行也。凡好善之道。其所守約。而所施愽。施之則悅者衆。此可爲要道。故爲學之道。唯以爲善爲事而已矣。
新字:以仁愛作善為楽。是君子之心。雖衆人。若有志好善。則其知之行之也。各循其生質之分。而至之易。何則人性本善。好善悪悪。是天性之自然者。故夫婦之愚不肖。亦可与知能行也。凡好善之道。其所守約。而所施愽。施之則悦者衆。此可為要道。故為学之道。唯以為善為事而已矣。
書き下し
仁愛善を作すを以て楽しみと為すは、是れ君子の心なり。衆人と雖も、若し志有りて善を好めば、則ち其の之を知り之を行ふや、各其の生質の分に循ひて、之に至ること易し。何となれば則ち人性は本善にして、善を好み悪を悪むは、是れ天性の自然なる者なればなり。故に夫婦の愚不肖も、亦与に知り能く行ふべし。凡そ善を好むの道は、其の守る所約にして、施す所博し。之を施せば則ち悦ぶ者衆し。此れ要道と為すべし。故に学を為すの道は、唯善を為すを以て事と為すのみ。
現代語訳
仁愛をもって善を行うことを楽しみとするのが、君子の心です。普通の人でも、もし志を持って善を好めば、それを知り行うにあたって、それぞれ生まれつきの素質に応じて、たやすくそこに至ることができます。なぜなら人の本性はもともと善であり、善を好み悪を憎むのは、天性の自然なはたらきだからです。だから愚かで未熟な男女でも、共に知り、よく行うことができます。善を好む道は、守るところは簡約で、施すところは広いものです。施せば喜ぶ人が多い。これこそ要となる道です。だから学問の道は、ただ善を行うことを務めとするだけです。
解説
性善説に立って、善を好む心は誰にでもあると励ます条です。人性は本善というのは『孟子』以来の考えで、朱子学の根本でもあります。「夫婦の愚も与に知るべし」は『中庸』第十二章の言葉で、道は平凡な人にも知り行えるものだという意味です。益軒は、善を行うことを特別な才能の問題にせず、素質に応じて誰もが進めるものとしています。守ることは少なく、及ぶ範囲は広いという指摘は、小さな親切が周囲に広く喜ばれる日常の経験とよく重なります。
この章句が説くこと
善仁性善君子学問
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『格言聯璧』學問類・萬物一體、之を仁と謂ふ忠を竭し孝を盡す、之を人と謂ふ。國を治め邦を經む、之を學と謂ふ。 危を安んじ變を定む、之を才と謂ふ。天を經とし地を緯とす、之を文と謂ふ。 霽月光風、之を度と謂ふ。萬物一體、之を仁と謂ふ。 心術を以て本根と爲し、倫理を以て楨幹と爲し、學問を以て菑畬と爲し、文章を以て花萼と爲し、事業を以て結實と爲し、書史を以て園林と爲し、歌詠を以て鼓吹と爲し、義理を以て膏粱と爲し、著述を以て文繡と爲し、誦讀を以て耕耘と爲し、記問を以て居積と爲し、前言往行を以て師友と爲し、忠信篤敬を以て修持と爲し、作善降祥を以て受用と爲し、樂天知命を以て依歸と爲す。
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『慎思録』巻之一学を為すの道は、仁を為すを以て本と為し、忠信を以て主と為し、孝弟を以て先と為し、博文約礼を以て勤めと為し、君子為るを以て志と為す。是れ孔門人を教ふるの規模なり。仁なる者は何ぞや。是れ善を為すの総称、慈愛の理なり。孟子、放心を求むるを以て学問の道と為す。放心を求むる者は、乃ち仁を求むるなり。
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