新論 / 跋
右五論併七篇、臣久藏之胸臆、未敢語人、非敢惜之也、謂天地者活物、人亦活物也、以活物而行於活物之間、其變不可勝窮、事逐時轉、機在瞬息、而世之人擧細故而遺大體、今擧大體、則難之以細故、欲言其所以解難處變者、則今日所言、明日未必可行、故一發之口則爲空言、一筆之書則爲死論、臣是以欲無言而止、然竊謂人無貴賤、自太初而父子傳生、一氣相承、臣雖微賤、亦世浴 神聖之澤、以至於今日、奉 幕府之法、仰 邦君之仁、幸而得養生喪死無憾、則亦何忍睨視天下之變故、而默默無言也、故特擧其遠大者粗言之、語曰、苟非其人、道不虚行、至其所以臨時解難處變者、則當付之其人而已文政乙酉季春 會澤安識
新字:右五論併七篇、臣久蔵之胸臆、未敢語人、非敢惜之也、謂天地者活物、人亦活物也、以活物而行於活物之間、其変不可勝窮、事逐時転、機在瞬息、而世之人挙細故而遺大体、今挙大体、則難之以細故、欲言其所以解難処変者、則今日所言、明日未必可行、故一発之口則為空言、一筆之書則為死論、臣是以欲無言而止、然窃謂人無貴賤、自太初而父子伝生、一気相承、臣雖微賤、亦世浴 神聖之沢、以至於今日、奉 幕府之法、仰 邦君之仁、幸而得養生喪死無憾、則亦何忍睨視天下之変故、而黙黙無言也、故特挙其遠大者粗言之、語曰、苟非其人、道不虚行、至其所以臨時解難処変者、則当付之其人而已文政乙酉季春 会沢安識
書き下し
右五論併せて七篇、臣久しく之を胸臆に蔵して、未だ敢へて人に語らず。敢へて之を惜しむに非ざるなり。謂へらく天地は活物なり、人も亦活物なり。活物を以て活物の間に行ふ、其の変窮むるに勝ふべからず。事は時を逐ひて転じ、機は瞬息に在り。而るに世の人は細故を挙げて大体を遺れ、今大体を挙ぐれば、則ち之を難ずるに細故を以てす。其の難を解き変に処する所以の者を言はんと欲すれば、則ち今日言ふ所、明日未だ必ずしも行ふべからず。故に一たび之を口に発すれば則ち空言と為り、一たび之を書に筆すれば則ち死論と為る。臣是を以て言ふこと無くして止まんと欲す。然れども窃かに謂へらく、人は貴賤と無く、太初自りして父子生を伝へ、一気相承く。臣微賤なりと雖も、亦世々神聖の沢に浴して、以て今日に至り、幕府の法を奉じ、邦君の仁を仰ぎ、幸ひにして生を養ひ死を喪して憾み無きを得たり。則ち亦何ぞ天下の変故を睨視して、黙黙として言ふこと無きに忍びんや。故に特に其の遠大なる者を挙げて粗ぼ之を言ふ。語に曰く、苟も其の人に非ざれば、道虚しく行はれずと。其の時に臨みて難を解き変に処する所以の者に至りては、則ち当に之を其の人に付すべきのみ。文政乙酉季春、会沢安識す。
現代語訳
以上の五論、あわせて七篇は、私が長く胸の内に秘めて、まだあえて人に語らなかったものである。惜しんでいたわけではない。思うに、天地は生きているものであり、人もまた生きているものである。生きているものが生きているものの間で行うのだから、その変化は窮めつくすことができない。事は時を追って移り変わり、機会は一瞬にある。ところが世の人は細かな事柄を取り上げて大きな筋を忘れ、いま大きな筋を挙げると、細かな事柄を持ち出して難じる。難局を解き変化に対処する方法を言おうとすれば、今日言ったことが明日必ずしも行えるとは限らない。だから一度口に出せば空言となり、一度書に記せば死んだ議論となる。私はそれゆえ何も言わずにやめようと思った。しかしひそかに思うに、人は貴賤にかかわらず、太古から父子が生を伝え、一つの気が受け継がれてきた。私は身分は低いけれども、代々神聖の恩沢に浴して今日に至り、幕府の法を奉じ、藩主の仁を仰ぎ、幸いにも生きている者を養い死んだ者を弔って心残りなく過ごすことができた。それなのに、どうして天下の変事を横目に見て、黙って何も言わずにいられようか。だから特に遠大なことを取り上げてあらまし述べたのである。『易』に「もしふさわしい人でなければ、道はむなしく行われはしない」とある。その時に臨んで難局を解き変化に対処する方法については、ふさわしい人に委ねるほかはない。文政乙酉(文政八年)の春の終わり(三月)、会沢安が記す。
解説
この章句が説くこと
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