新論 / 長計
是以祭政一致、治敎同歸、而民有所屬望焉、天下神祇、皆 天皇誠意之所及、有斯意必有斯禮、民由此亦知上意所嚮、感欣奉戴、忠孝之心有所係、而純於一矣、後世陳其數、而失其義、群神百祀、無所統屬、而民所瞻仰者不專、禮之用既廢、亦可惜也、
新字:是以祭政一致、治教同帰、而民有所属望焉、天下神祇、皆 天皇誠意之所及、有斯意必有斯礼、民由此亦知上意所嚮、感欣奉戴、忠孝之心有所係、而純於一矣、後世陳其数、而失其義、群神百祀、無所統属、而民所瞻仰者不専、礼之用既廃、亦可惜也、
書き下し
是を以て祭政一致し、治教帰を同じくして、民属望する所有り。天下の神祇は、皆天皇の誠意の及ぶ所なり。斯の意有れば必ず斯の礼有り。民此に由りて亦上意の嚮ふ所を知り、感欣奉戴して、忠孝の心係る所有りて、一に純なり。後世其の数を陳ねて、其の義を失ひ、群神百祀、統属する所無くして、民の瞻仰する所の者専らならず。礼の用既に廃る、亦惜しむべきなり。
現代語訳
こうして祭祀と政治が一致し、治めることと教えることが同じところに帰着して、民には仰ぎ望むところがあった。天下の神々はみな天皇の誠意が及ぶところである。この思いがあれば必ずこの礼がある。民はこれによって上の意の向かうところを知り、感激し喜んで戴き、忠孝の心につながるところがあって、一つに純粋になった。後の世はその形式を並べるだけでその意義を失い、多くの神々や祭りは統べられるところがなく、民が仰ぎ見るものは一つにまとまらない。礼の働きがすでに廃れてしまったのは、惜しむべきことである。
解説
「祭政一致」の語がはっきり現れる一節で、正志斎は祭祀と政治、治めることと教えることが一つに帰していた古代を理想とし、後世は祭りの「数」だけを並べて「義」を失ったと嘆く。この祭政一致の構想は、のちに明治初年の神祇官再興などにも影響を与えたとされ、近代の国家神道の形成と結びつけて論じられることも多い。その歴史を踏まえたうえで、形式を並べるだけで意味を失うと人の仰ぐ所がばらばらになるという指摘は、組織運営にも当てはまる。制度の数を増やすより、その意味をつらぬく一本の筋が要る。
この章句が説くこと
祭政一致祭祀忠孝民心形骸化水戸学
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