新論 / 長計
神庫者所以藏神寶及兵器文書資糧百物以待祭祀、因神威以制民事、利用厚生之意可以施、軍國不虞之備可以寓也、〈古者寓政敎於祭祀、藏兵器於神社、如前所言、而國造縣主等、祭其國土之神、有稻置以儲稻、今傚此設制、凶荒可以賑饑、軍旅可以助糧、其可因神威以便民事者甚多、臣別有所論著、今不具論焉、若夫周人亦因祭祀而屬民讀法、或糾戒之、或以正齒位、或以書賢能、皆於祭時爲之、而其郷器有吉服祭器吉器之目、所以使民同力共事神、祀禮居於十二敎之首、馭神亦居八則之首所以使民不苟、其他所以使民從事祭祀者不勝枚擧、至後世有義社之倉、亦足以便於民、凡如是之類、苟能斟古今制度、因神威以便民事、則固民心所嚮、其從之、將猶水之就下焉、今世或因佛事以聚民作事、其應如響、亦可以見其効之速、況神威之可以動民非佛之比乎、〉
新字:神庫者所以蔵神宝及兵器文書資糧百物以待祭祀、因神威以制民事、利用厚生之意可以施、軍国不虞之備可以寓也、〈古者寓政教於祭祀、蔵兵器於神社、如前所言、而国造県主等、祭其国土之神、有稲置以儲稲、今傚此設制、凶荒可以賑饑、軍旅可以助糧、其可因神威以便民事者甚多、臣別有所論著、今不具論焉、若夫周人亦因祭祀而属民読法、或糾戒之、或以正歯位、或以書賢能、皆於祭時為之、而其郷器有吉服祭器吉器之目、所以使民同力共事神、祀礼居於十二教之首、馭神亦居八則之首所以使民不苟、其他所以使民従事祭祀者不勝枚挙、至後世有義社之倉、亦足以便於民、凡如是之類、苟能斟古今制度、因神威以便民事、則固民心所嚮、其従之、将猶水之就下焉、今世或因仏事以聚民作事、其応如響、亦可以見其効之速、況神威之可以動民非仏之比乎、〉
書き下し
神庫は神宝及び兵器・文書・資糧・百物を蔵して以て祭祀を待つ所以にして、神威に因りて以て民事を制し、利用厚生の意以て施すべく、軍国不虞の備以て寓すべきなり。(古は政教を祭祀に寓し、兵器を神社に蔵すること、前に言ふ所の如し。而して国造・県主等、其の国土の神を祭るに、稲置有りて以て稲を儲ふ。今此に傚ひて制を設けば、凶荒以て饑を賑すべく、軍旅以て糧を助くべし。其の神威に因りて以て民事に便すべき者甚だ多し。臣別に論著する所有り、今具さに論ぜず。若し夫れ周人も亦祭祀に因りて民を属めて法を読み、或いは之を糾戒し、或いは以て歯位を正し、或いは以て賢能を書す。皆祭時に於て之を為す。而して其の郷器に吉服・祭器・吉器の目有るは、民をして力を同じくして共に神に事へしむる所以なり。祀礼は十二教の首に居り、馭神も亦八則の首に居るは、民をして苟もせざらしむる所以なり。其の他民をして祭祀に従事せしむる所以の者は枚挙に勝へず。後世に至りて義社の倉有るも、亦以て民に便するに足る。凡そ是くの如きの類、苟も能く古今の制度を斟みて、神威に因りて以て民事に便せば、則ち固より民心の嚮ふ所、其の之に従ふこと、将に猶ほ水の下きに就くがごとくならんとす。今世或いは仏事に因りて以て民を聚めて事を作せば、其の応ずること響の如し。亦以て其の効の速やかなるを見るべし。況んや神威の以て民を動かすべきこと仏の比に非ざるをや。)
現代語訳
神庫は、神宝や兵器・文書・物資・食糧などあらゆる物を納めて祭祀に備えるためのもので、神の威光によって民の事柄を治め、物を役立て暮らしを豊かにするという意図をここで施すことができ、国家の不慮の事態への備えもここに託すことができる。(昔は政治と教化を祭祀に託し、兵器を神社に納めたことは、前に述べたとおりである。また国造・県主らはその国土の神を祭り、稲置(いなぎ)がいて稲を蓄えた。いまこれにならって制度を設ければ、凶作のときには飢えた者を救うことができ、戦のときには兵糧の助けとなる。神の威光によって民の事柄に役立てられることはたいへん多い。私は別に論じたものがあるので、今はくわしく論じない。周の人々もまた祭祀の機会に民を集めて法を読み聞かせ、あるいは戒め、あるいは年齢の序列を正し、あるいは賢く有能な者を記録した。みな祭りのときに行ったのである。また郷の器に吉服・祭器・吉器の項目があるのは、民に力を合わせて共に神に仕えさせるためである。祭祀の礼が十二の教えの筆頭にあり、「神を馭す」が八則の筆頭にあるのは、民にいいかげんなことをさせないためである。そのほか民を祭祀に従事させる方法は数えきれない。後世になって義倉・社倉ができたのも、民の役に立つものであった。およそこうした類は、もし古今の制度をくみ取り、神の威光によって民の事柄に役立てるなら、もともと民心の向かうところであるから、民がこれに従うことは水が低いほうへ流れるようであろう。今の世でも、仏事にかこつけて民を集めて事業を起こせば、響きのようにすぐ応じる。その効き目の速さがわかる。まして神の威光が民を動かす力は、仏の比ではないのである。)
解説
この章句が説くこと
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『翁問答』下卷之末之末又曰く、若し大いに師すれば、則ち有司を師ゐて軍社を立て、主車を奉ず、若し軍将に事有らんとすれば、則ち祭に与りて有司と四望に事を将ふ、又曰く、凡そ師甸には牲を社宗に用ふれば則ち位を為す、上帝に類造し、大神に封じ、兵を山川に祭るも亦之の如し、祭法に曰く、柴を泰壇に燔くは天を祭るなり、泰折に瘞埋するは地を祭るなり、騂犢を用ふ、少牢を泰昭に埋むるは時を祭るなり、坎壇に相近するは寒暑を祭るなり、王宮は日を祭るなり、夜明は月を祭るなり、幽宗は星を祭るなり、雩宗は水旱を祭るなり、四坎壇は四方を祭るなり、山林川谷丘陵の能く雲を出し風雨を為し怪物を見すを、皆神と曰ふ、
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上聖智見ノ中ニハ。此神祇アルシヤ。無ト云レヌ。此聖者賢人アルシヤ。無ト云レヌ。善ヲ作シテ其報アルシヤ無ト云レヌ。悪ヲ作シテ其報アルシヤ。無ト云レヌコトシヤ。古ヨリ明君英主ハ山川宗廟ノ祭ヲ忽ニセヌ。孜孜トシテ善ヲ修シテ。此ヲ子孫ニ貽ス。昔者葛伯放逸ニシテ祀ラス。湯王牛羊粢盛ヲ供スルニ。猶其祀ニ怠ル。終ニ其国ヲ亡シ身ヲ亡スニ至リシト云。殷ノ紂王ノ悪事ノ中ニ。慢於鬼神ト云ガ亡国ノ一事シヤ。周礼ノ天官ニ。祭祀以馭其神トアル。又春官ニ太宗伯職掌建邦之天神人鬼地示之礼以佐王。建保邦国ナトトアル。左伝ノ昭公四年ニ。先務修徳音以享神人トアル。同ク古者日在北陸而蔵氷。黒牡秬黍以享司寒トアル。司寒ト云ハ北方ノ神ノ名シヤ。此等ニ依テ看ヨ。仏法東流セヌ已前ニモ。明君英主ハ神霊アルヲ信シテ。其祭祀ヲ忽ニセヌ。暗君庸主ハ神祇ヲ蔑ニスルシヤ。
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『翁問答』下卷之末之末体充問曰、神信仰をば仕たるがよく候や。師の曰、神明を信仰するは儒道の本意にて候、しかる故に祖を天に配し父を上帝に配し、神明に通ずるを孝行の至極なりと、孝経に説たまへり、周礼に曰く、大宗伯の職は、邦の天神・人鬼・地祇の礼を建つることを掌り、以て王を佐けて邦国を建保す、吉礼を以て邦国の鬼神祇に事へ、禋祀を以て昊天上帝を祀り、実柴を以て日月星辰を祀り、槱燎を以て司中・司命・観師・雨師を祀り、血祭を以て社稷・五祀・五嶽を祭り、貍沈を以て山林川沢を祭り、疈辜を以て四方百物を祭る、
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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『呻吟語』内篇・談道・鑿ちて求む可からず、道破す可からず鬼神を敬事するは、聖人の世教を維持する大端なり。其の義は深く、其の功は大なり。但だ自ら鑿ちて求む可からず、道破す可からざるのみ。
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『墨子』明鬼下今、無鬼を執る者曰く、意うに親の利に忠ならずして、孝子を害するを為さんか、と。子墨子曰く、古今の鬼を為すは、他に非ざるなり。天鬼有り、亦た山川鬼神なる者有り、亦た人、死して鬼と為る者有り。今、子の其の父に先んじて死し、弟の其の兄に先んじて死する者有り。意うに死すること然りと雖も、然り而して天下の陳物、曰く、先に生まるる者は先に死す、と。是くの若くんば、則ち先に死する者は父に非ざれば則ち母、兄に非ざれば而ち姒なり。今、潔く酒醴粢盛を為りて、以て敬み慎みて祭祀す。若し鬼神をして誠に有らしめば、是れ其の父母姒兄を得て之に飲食せしむるなり。豈に厚利に非ざらんや。
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