新論 / 國體上
舜受終則類禋望徧、巡狩則柴望、歸則用特於藝祖、陳謨則曰、祖考來格、治水土則九山刊旅、盤庚遷都則曰、大享于先王、爾祖其從與享之、諌紂則曰、天胤典祀、〈舊以胤爲句、今改以祀爲句、〉微子則曰、攘竊神祇之犠牲、伐紂則曰、謂祭無益、曰昏棄肆祀弗答、洪範則曰、三曰祀、自禱則曰、能事鬼神、誥康叔則曰、祀茲酒、營新邑則用牲于郊社、稱殷禮、記功宗、禋蒸于文武、告多士則曰、明德恤祀、告召公則曰、殷禮陟配天、告多方則曰、寅念于祀、曰典神天、顧命則受之廟、尚書篇篇無非所以愼祀者如是也、
新字:舜受終則類禋望遍、巡狩則柴望、帰則用特於芸祖、陳謨則曰、祖考来格、治水土則九山刊旅、盤庚遷都則曰、大享于先王、爾祖其従与享之、諌紂則曰、天胤典祀、〈旧以胤為句、今改以祀為句、〉微子則曰、攘窃神祇之犠牲、伐紂則曰、謂祭無益、曰昏棄肆祀弗答、洪範則曰、三曰祀、自祷則曰、能事鬼神、誥康叔則曰、祀茲酒、営新邑則用牲于郊社、称殷礼、記功宗、禋蒸于文武、告多士則曰、明徳恤祀、告召公則曰、殷礼陟配天、告多方則曰、寅念于祀、曰典神天、顧命則受之廟、尚書篇篇無非所以慎祀者如是也、
書き下し
舜終を受くれば則ち類禋望徧し、巡狩すれば則ち柴望し、帰れば則ち芸祖に特を用ふ。謨を陳ぶれば則ち曰く、「祖考来格す」と。水土を治むれば則ち九山刊旅す。盤庚の都を遷すには則ち曰く、「大いに先王に享す、爾の祖其れ従ひて与に享く」と。紂を諫むるには則ち曰く、「天胤の典祀」と。(旧胤を以て句と為す、今改めて祀を以て句と為す。)微子は則ち曰く、「神祇の犠牲を攘竊す」と。紂を伐つには則ち曰く、「祭は益無しと謂ふ」と、曰く「肆祀を昏棄して答へず」と。洪範には則ち曰く、「三に曰く祀」と。自ら禱るには則ち曰く、「能く鬼神に事ふ」と。康叔に誥ぐるには則ち曰く、「祀に茲の酒」と。新邑を営むには則ち牲を郊社に用ゐ、殷礼を称し、功宗を記し、文武に禋蒸す。多士に告ぐるには則ち曰く、「徳を明かにし祀を恤ふ」と。召公に告ぐるには則ち曰く、「殷礼陟りて天に配す」と。多方に告ぐるには則ち曰く、「寅んで祀を念ふ」と、曰く「神天を典る」と。顧命には則ち之を廟に受く。尚書の篇篇、祀を慎む所以に非ざるは無きこと是くの如きなり。
現代語訳
舜が(堯から)位を受けると、上帝を祭り、六宗を祭り、山川を望み祭り、群神にあまねく祭り、巡狩(諸国巡視)すれば柴を焚いて天を祭り山川を望み祭り、帰ると芸祖(祖先の廟)に牛一頭を供えた。(皐陶が)謀を述べると「祖先の霊が来臨する」と言った。(禹が)水土を治めると、九つの山の木を切り開いて旅祭(山の祭)を行った。盤庚が都を遷すときは「先王を大いに祭り、汝らの祖先もこれに従ってともに祭りを受ける」と言った。紂を諫めるときは「天の子孫としての常の祭祀」と言った。(旧来は「胤」で句を切っていたが、今あらためて「祀」で句を切る。)微子は「(民が)天地の神々への犠牲を盗む」と言った。(武王が)紂を討つときは「(紂は)祭りなど無益だと言う」「先祖の祭りを捨てて顧みない」と言った。洪範では「(八政の)三は祀」と言った。(周公が)自ら祈るときは「よく鬼神に仕える」と言った。康叔に告げるときは「祭りにはこの酒を用いよ」と言った。新しい都を造るときは郊社に犠牲を捧げ、殷の礼を挙げ、功臣を記録し、文王・武王を禋蒸の祭で祀った。多士に告げるときは「徳を明らかにし祭祀を大切にする」と言った。召公に告げるときは「殷の礼では(王は)天に昇って天に配された」と言った。多方に告げるときは「つつしんで祭祀を思え」「神と天の祭りをつかさどる」と言った。顧命では廟で命を受けた。『尚書』の一篇一篇が祭祀を慎むためのものでないものはないこと、このとおりである。
解説
この章句が説くこと
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『新論』國體上夫れ嘗は始めて新穀を嘗めて、天神に饗するなり。(古は専称すれば則ち天祖と曰ひ、群神を該ぬれば則ち亦天神と曰ふ。)天祖嘉穀の種を得て、以て蒼生を生活すべしと為し、乃ち之を御田に種ゑ、又口に繭を含みて、始めて養蚕の道有り。是れ万民衣食の原為り。天下を皇孫に伝ふるに及び、特に之に授くるに斎庭の穂を以てす。民命を重んじて嘉穀を貴ぶ所以の者、亦見るべきなり。故に大嘗の祭は、新穀を烹熟して、以て之を殷薦す。(大嘗の歳、予め悠紀・主基の国郡を卜定し、稲実及び禰宜・卜部を遣はし、田に臨みて穂を抜き、以て供御の飯と為し、自余は黒白酒と為す。其の飯は則ち祭に臨みて舂きて之を炊ぐ。天皇親ら嘗殿に就き、粢盛を奉りて之を薦む。皆其の孝敬を致し、其の質を存して、其の本を忘れざる所以なり。)其の幣は則ち繒服・荒服。(太玉、天祖に事へ、天日鷲之が部属と為りて、木綿を造る。神武帝も亦其の裔孫をして、倶に阿波に往きて穀麻を殖ゑしむ。而して大嘗毎に、阿波の斎部、荒妙服を進む。其の祖先の職を奉ずる、皆其の子孫を以てし、旧職を失はざるなり。)蓋し皆本に報ゆる所以なり。
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『新論』國體上其の他凡百の具を供するも亦斎部の掌る所に非ざるは莫し。而して百執事に至る者も、亦皆其の職を世々にし、奕世墜さず、駿奔承事して、毫も天祖伝祚の日に異なる無し。而して君臣皆其の初めを忘るるを得ざるなり。(太玉、日鷲・手置帆負・彦狭知・櫛明玉・目一箇等を統領して、以て天祖に奉事す。天富も亦悉く諸氏の後を率ゐて、鏡及び矛盾の諸物を造る。大嘗の日、日鷲・手置帆負等の孫、諸物を供奉すること、一に其の先世の旧の如し。而して其の細なる、伴の燧火、安曇の吹火、車持の執菅蓋の類の如きも、亦其の職を世々にせざるは莫きなり。)
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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『墨子』明鬼下今、無鬼を執る者曰く、意うに親の利に忠ならずして、孝子を害するを為さんか、と。子墨子曰く、古今の鬼を為すは、他に非ざるなり。天鬼有り、亦た山川鬼神なる者有り、亦た人、死して鬼と為る者有り。今、子の其の父に先んじて死し、弟の其の兄に先んじて死する者有り。意うに死すること然りと雖も、然り而して天下の陳物、曰く、先に生まるる者は先に死す、と。是くの若くんば、則ち先に死する者は父に非ざれば則ち母、兄に非ざれば而ち姒なり。今、潔く酒醴粢盛を為りて、以て敬み慎みて祭祀す。若し鬼神をして誠に有らしめば、是れ其の父母姒兄を得て之に飲食せしむるなり。豈に厚利に非ざらんや。
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『呻吟語』内篇・談道・鑿ちて求む可からず、道破す可からず鬼神を敬事するは、聖人の世教を維持する大端なり。其の義は深く、其の功は大なり。但だ自ら鑿ちて求む可からず、道破す可からざるのみ。
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