翁問答 / 下卷之末之末
又曰若大師、則師有司而立軍社奉主車若軍將有事則與祭有司、將事于四望又曰、凡師甸用牲于社宗則爲位類造上帝封于大神、祭兵于山川亦如之、祭法曰燔柴於泰壇祭天也、瘞埋於泰折、祭地也、用騂犢、埋少牢於泰昭、祭時也、相近於坎壇、祭寒暑也、王宮祭日也、夜明祭月也、幽宗祭星也、雩宗祭水旱也、四坎壇祭四方也、山林川谷丘陵、能出雲爲風雨見怪物、皆曰神、
新字:又曰若大師、則師有司而立軍社奉主車若軍将有事則与祭有司、将事于四望又曰、凡師甸用牲于社宗則為位類造上帝封于大神、祭兵于山川亦如之、祭法曰燔柴於泰壇祭天也、瘞埋於泰折、祭地也、用騂犢、埋少牢於泰昭、祭時也、相近於坎壇、祭寒暑也、王宮祭日也、夜明祭月也、幽宗祭星也、雩宗祭水旱也、四坎壇祭四方也、山林川谷丘陵、能出雲為風雨見怪物、皆曰神、
書き下し
又曰く、若し大いに師すれば、則ち有司を師ゐて軍社を立て、主車を奉ず、若し軍将に事有らんとすれば、則ち祭に与りて有司と四望に事を将ふ、又曰く、凡そ師甸には牲を社宗に用ふれば則ち位を為す、上帝に類造し、大神に封じ、兵を山川に祭るも亦之の如し、祭法に曰く、柴を泰壇に燔くは天を祭るなり、泰折に瘞埋するは地を祭るなり、騂犢を用ふ、少牢を泰昭に埋むるは時を祭るなり、坎壇に相近するは寒暑を祭るなり、王宮は日を祭るなり、夜明は月を祭るなり、幽宗は星を祭るなり、雩宗は水旱を祭るなり、四坎壇は四方を祭るなり、山林川谷丘陵の能く雲を出し風雨を為し怪物を見すを、皆神と曰ふ、
現代語訳
また『周礼』に「大軍を出すときは、役人を率いて軍社を立て、神主を載せた車を奉じる。軍が事を起こそうとするときは、祭りに加わり、役人とともに四方の山川を望み祭る」とあり、また「およそ出陣や狩りには、社と宗廟に犠牲を用いて神位を設け、上帝に類の祭りをし、大神に封じ、山川に兵を祭るのも同様である」とある。『礼記』祭法には「泰壇で柴を焚くのは天を祭るのである。泰折に埋めるのは地を祭るのである。赤い子牛を用いる。泰昭に少牢を埋めるのは四時を祭るのである。坎壇に近づけるのは寒暑を祭るのである。王宮は日を祭り、夜明は月を祭り、幽宗は星を祭り、雩宗は水害と旱魃を祭り、四坎壇は四方を祭る。山林川谷丘陵で、雲を出し風雨を起こし怪しいものを現すものを、みな神という」とある。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上聖智見ノ中ニハ。此神祇アルシヤ。無ト云レヌ。此聖者賢人アルシヤ。無ト云レヌ。善ヲ作シテ其報アルシヤ無ト云レヌ。悪ヲ作シテ其報アルシヤ。無ト云レヌコトシヤ。古ヨリ明君英主ハ山川宗廟ノ祭ヲ忽ニセヌ。孜孜トシテ善ヲ修シテ。此ヲ子孫ニ貽ス。昔者葛伯放逸ニシテ祀ラス。湯王牛羊粢盛ヲ供スルニ。猶其祀ニ怠ル。終ニ其国ヲ亡シ身ヲ亡スニ至リシト云。殷ノ紂王ノ悪事ノ中ニ。慢於鬼神ト云ガ亡国ノ一事シヤ。周礼ノ天官ニ。祭祀以馭其神トアル。又春官ニ太宗伯職掌建邦之天神人鬼地示之礼以佐王。建保邦国ナトトアル。左伝ノ昭公四年ニ。先務修徳音以享神人トアル。同ク古者日在北陸而蔵氷。黒牡秬黍以享司寒トアル。司寒ト云ハ北方ノ神ノ名シヤ。此等ニ依テ看ヨ。仏法東流セヌ已前ニモ。明君英主ハ神霊アルヲ信シテ。其祭祀ヲ忽ニセヌ。暗君庸主ハ神祇ヲ蔑ニスルシヤ。
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『翁問答』下卷之末之末体充問曰、神信仰をば仕たるがよく候や。師の曰、神明を信仰するは儒道の本意にて候、しかる故に祖を天に配し父を上帝に配し、神明に通ずるを孝行の至極なりと、孝経に説たまへり、周礼に曰く、大宗伯の職は、邦の天神・人鬼・地祇の礼を建つることを掌り、以て王を佐けて邦国を建保す、吉礼を以て邦国の鬼神祇に事へ、禋祀を以て昊天上帝を祀り、実柴を以て日月星辰を祀り、槱燎を以て司中・司命・観師・雨師を祀り、血祭を以て社稷・五祀・五嶽を祭り、貍沈を以て山林川沢を祭り、疈辜を以て四方百物を祭る、
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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論語・八佾篇子曰く、『禘は既に灌より往くもの、吾これを観るを欲せざるなり。』
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