新論 / 長計
古者大嘗之祭、臨時卜定悠紀主基國郡、遣宮主卜部、率國司以下及庶民、臨田拔其穗、以供粢盛、四國無不得供奉 天神者民皆冀得卜食出力以供大祭之用、而 天皇事天祀先申大孝重民命之意、達於四方矣、國司率其下護送之、諸道無不可得役其事者、而其意又達於道路矣、國別以正税一萬束充雜用、諸國皆得輸其物、而天下莫不知其意矣、遣大祓使於諸道、而天下知潔淸以事神矣、頒幣帛於天下諸社、而天下知國土之神亦皆統於 天祖、是 天皇既擧所以事天祀先申孝愛民之意、而與天下同之、有斯意必有斯禮、是以民日由之、不告而曉、不語而喩、各輸忠於其所事之君、以倶奉戴 天朝、民志於是乎一矣、
新字:古者大嘗之祭、臨時卜定悠紀主基国郡、遣宮主卜部、率国司以下及庶民、臨田抜其穂、以供粢盛、四国無不得供奉 天神者民皆冀得卜食出力以供大祭之用、而 天皇事天祀先申大孝重民命之意、達於四方矣、国司率其下護送之、諸道無不可得役其事者、而其意又達於道路矣、国別以正税一万束充雑用、諸国皆得輸其物、而天下莫不知其意矣、遣大祓使於諸道、而天下知潔清以事神矣、頒幣帛於天下諸社、而天下知国土之神亦皆統於 天祖、是 天皇既挙所以事天祀先申孝愛民之意、而与天下同之、有斯意必有斯礼、是以民日由之、不告而暁、不語而喩、各輸忠於其所事之君、以倶奉戴 天朝、民志於是乎一矣、
書き下し
古は大嘗の祭、時に臨みて悠紀・主基の国郡を卜定し、宮主・卜部を遣はし、国司以下及び庶民を率ゐて、田に臨みて其の穂を抜き、以て粢盛に供す。四国として天神に供奉するを得ざる者無く、民皆卜食を得て力を出し以て大祭の用に供せんことを冀ふ。而して天皇の天に事へ先を祀り大孝を申べ民命を重んずるの意、四方に達す。国司其の下を率ゐて之を護送し、諸道其の事に役するを得べからざる者無くして、其の意又道路に達す。国別に正税一万束を以て雑用に充て、諸国皆其の物を輸すことを得て、天下其の意を知らざるは莫し。大祓使を諸道に遣はして、天下潔清して以て神に事ふることを知る。幣帛を天下の諸社に頒ちて、天下国土の神も亦皆天祖に統べらるることを知る。是れ天皇既に天に事へ先を祀り孝を申べ民を愛するの意を挙げて、天下と之を同じくす。斯の意有れば必ず斯の礼有り。是を以て民日に之に由りて、告げずして暁り、語らずして喩り、各其の事ふる所の君に忠を輸して、以て倶に天朝を奉戴す。民志是に於てか一なり。
現代語訳
昔は大嘗祭のたびに、その時になって悠紀・主基(新穀を献じる二つの国)の国郡を占いで定め、宮主・卜部を遣わし、国司以下と庶民を率いて田に臨んでその稲穂を抜き取り、神に供える穀物とした。四方の国はどこでも天神に奉仕する機会を得る可能性があり、民はみな占いに当たって力を出し、大祭の用に供したいと願った。こうして天皇が天に仕え祖先を祀り、大いなる孝を尽くし民の命を重んじる思いが、四方に行き渡った。国司は配下を率いてこれを都まで護送し、沿道の諸道はどこでもその役に就く可能性があったので、その思いはまた道筋にも行き渡った。国ごとに正税一万束を諸費用に充て、諸国はみなその物を納めることができたので、天下でその思いを知らない者はなかった。大祓の使いを諸道に遣わしたので、天下は身を清めて神に仕えることを知った。幣帛を天下の諸社に分け与えたので、天下は国土の神々もみな天祖に統べられていることを知った。これは天皇が、天に仕え祖先を祀り孝を尽くし民を愛する思いを示して、天下とそれを共にしたのである。この思いがあれば必ずこの礼がある。だから民は日々これに従い、告げなくても悟り、語らなくてもわかり、各自が仕える主君に忠を尽くして、ともに天朝を戴いた。民の志はこうして一つになったのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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論語・八佾篇子曰く、『禘は既に灌より往くもの、吾これを観るを欲せざるなり。』
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『墨子』明鬼下今、無鬼を執る者曰く、意うに親の利に忠ならずして、孝子を害するを為さんか、と。子墨子曰く、古今の鬼を為すは、他に非ざるなり。天鬼有り、亦た山川鬼神なる者有り、亦た人、死して鬼と為る者有り。今、子の其の父に先んじて死し、弟の其の兄に先んじて死する者有り。意うに死すること然りと雖も、然り而して天下の陳物、曰く、先に生まるる者は先に死す、と。是くの若くんば、則ち先に死する者は父に非ざれば則ち母、兄に非ざれば而ち姒なり。今、潔く酒醴粢盛を為りて、以て敬み慎みて祭祀す。若し鬼神をして誠に有らしめば、是れ其の父母姒兄を得て之に飲食せしむるなり。豈に厚利に非ざらんや。
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『呻吟語』内篇・談道・鑿ちて求む可からず、道破す可からず鬼神を敬事するは、聖人の世教を維持する大端なり。其の義は深く、其の功は大なり。但だ自ら鑿ちて求む可からず、道破す可からざるのみ。
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『都鄙問答』卷之二・鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段又問、或人云、子曰、其の鬼に非ずして之を祭るは諂ひなりと、祭べからずとのたまふ。我朝には、土地の神、又太神宮といへども、御恩の為に、五穀の出来、初穂や或は神楽などを捧奉ることなれば、兎角唐土とは違有と云り。然るに汝、神は一列の如くに云へるは、如何なることぞ。
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