新論 / 長計
宮中御巫〈祭神代供奉百事之神、〉座摩〈祭大宮地靈、井神亦與之、〉生島〈祭諸國諸島之靈、〉等祭、所以保護 天孫、以治國家也、〈宮中祭神之外、又有宮内祭園韓神、大膳祭食神火神、造酒祭酒神、主水祭雷神、亦皆所以保護 天孫、漢土亦有五祀、其義亦相類、〉
新字:宮中御巫〈祭神代供奉百事之神、〉座摩〈祭大宮地霊、井神亦与之、〉生島〈祭諸国諸島之霊、〉等祭、所以保護 天孫、以治国家也、〈宮中祭神之外、又有宮内祭園韓神、大膳祭食神火神、造酒祭酒神、主水祭雷神、亦皆所以保護 天孫、漢土亦有五祀、其義亦相類、〉
書き下し
宮中の御巫(神代に百事に供奉せし神を祭る。)・座摩(大宮の地霊を祭り、井神も亦之に与る。)・生島(諸国諸島の霊を祭る。)等の祭は、天孫を保護して、以て国家を治むる所以なり。(宮中の祭神の外、又宮内に園・韓神を祭り、大膳に食神・火神を祭り、造酒に酒神を祭り、主水に雷神を祭る有り。亦皆天孫を保護する所以なり。漢土にも亦五祀有り、其の義亦相類す。)
現代語訳
宮中の御巫(神代にさまざまな事に仕えた神々を祭る。)・座摩(宮殿の土地の霊を祭り、井戸の神もこれに含まれる。)・生島(諸国・諸島の霊を祭る。)などの祭りは、天孫(天皇)を守護して国家を治めるためのものである。(宮中の祭神のほか、宮内省では園神・韓神を祭り、大膳職では食物の神・火の神を祭り、造酒司では酒の神を祭り、主水司では雷の神を祭る。これらもみな天皇を守護するためのものである。中国にも五祀(家の門や竈などを守る五つの祭り)があり、その意義もよく似ている。)
解説
正志斎は、宮中で行われてきた御巫・座摩・生島などの祭り、さらに宮内省・大膳職・造酒司・主水司といった役所ごとの神々の祭りを挙げ、それらがみな天皇を守り国家を治めるためのものであったと述べる。これらは『延喜式』に見える古代の宮廷祭祀で、正志斎は史局(彰考館)で古典に通じた学者としてそれを列挙している。中国の五祀と並べて意義が似るとするのも、礼の普遍性を示そうとする論法である。現代でいえば、組織の中枢を守る務めが、目立たない多くの持ち場の働きに支えられていることに目を向けさせる一節である。
この章句が説くこと
祭祀宮中守護国家延喜式持ち場
関連する章句
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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