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新論 / 長計

山嶽河海、風雨草木、百物之神、〈山祇、罔象、少童、級長、埴山、草野、句句迺馳等、皆其神也、而天下名山、多祭 伊弉諾大汝大山祇等神、皆鎭國土者也、濱海祭住吉等神、海神也、及風神山口水分等神、皆列祀典者、皆所以爲民除災祈年穀也、如唐虞三代、亦有四望山川百神之祭、其義亦大抵相類、〉與皇子皇孫名賢功烈有益於世者、〈如大島二荒鹿島香取春日北野等是也、漢土之俗、亦祭有功烈於民者、如柱句龍舜禹稷契等是也、〉其祭法具有令典、莫德而不報、莫功而不擧、天地鬼神莫不該、遐陬僻壤莫不鎭也、

新字:山嶽河海、風雨草木、百物之神、〈山祇、罔象、少童、級長、埴山、草野、句句迺馳等、皆其神也、而天下名山、多祭 伊弉諾大汝大山祇等神、皆鎮国土者也、浜海祭住吉等神、海神也、及風神山口水分等神、皆列祀典者、皆所以為民除災祈年穀也、如唐虞三代、亦有四望山川百神之祭、其義亦大抵相類、〉与皇子皇孫名賢功烈有益於世者、〈如大島二荒鹿島香取春日北野等是也、漢土之俗、亦祭有功烈於民者、如柱句竜舜禹稷契等是也、〉其祭法具有令典、莫徳而不報、莫功而不挙、天地鬼神莫不該、遐陬僻壤莫不鎮也、

書き下し

山嶽河海、風雨草木、百物の神、(山祇・罔象・少童・級長・埴山・草野・句句迺馳等、皆其の神なり。而して天下の名山、多く伊弉諾・大汝・大山祇等の神を祭る、皆国土を鎮むる者なり。浜海に住吉等の神を祭る、海神なり。及び風神・山口・水分等の神、皆祀典に列する者、皆民の為に災を除き年穀を祈る所以なり。唐虞三代の如きも、亦四望山川百神の祭有り、其の義も亦大抵相類す。)与び皇子皇孫・名賢功烈の世に益有る者、(大島・二荒・鹿島・香取・春日・北野等の如き是れなり。漢土の俗も、亦民に功烈有る者を祭る、柱・句龍・舜・禹・稷・契等の如き是れなり。)其の祭法具さに令典有り、徳として報いざるは莫く、功として挙げざるは莫く、天地鬼神該ねざるは莫く、遐陬僻壌鎮めざるは莫きなり。

現代語訳

山岳・河川・海、風雨・草木など、あらゆるものの神(山祇(山の神)・罔象(水の神)・少童(海の神)・級長(風の神)・埴山(土の神)・草野(野の神)・句句迺馳(木の神)などは、みなその神である。そして天下の名山の多くは伊弉諾・大汝(大国主)・大山祇などの神を祭り、いずれも国土を鎮める神である。海辺には住吉などの神を祭り、これは海の神である。また風神・山口・水分などの神もみな祀典に列せられ、いずれも民のために災いを除き年ごとの穀物の実りを祈るためのものである。堯・舜や三代にも四方の山川や百神の祭りがあり、その意義もおおむね似ている。)と、皇子・皇孫や名賢で功績があり世に益した者(大島・二荒・鹿島・香取・春日・北野などがそれである。中国の風俗でも民に功績のあった者を祭り、柱・句龍・舜・禹・稷・契などがそれである。)、その祭りの方法はつぶさに令典(律令の定め)に記されていて、徳があれば報いないものはなく、功があれば祭り挙げないものはなく、天地の鬼神で網羅されないものはなく、遠い辺地でも鎮められないところはない。

解説

正志斎は、天祖や国土の神だけでなく、山川風雨草木の神、さらに皇族や名賢で世に功績のあった人までが祀典に列せられていたことを示す。割注では山祇・罔象・級長などの神名や、鹿島・香取・春日・北野(菅原道真)の社を挙げ、中国でも民に功績のあった句龍や禹・稷を祭ったと対照する。「徳として報いざるは莫く、功として挙げざるは莫し」は、祭祀を恩と功に報いる制度とみる正志斎の見方を端的に表す。現代の組織に置けば、功績を記録して報いる仕組みが、人の働きを支え、隅々まで目を届かせることにつながる。

この章句が説くこと

祭祀報恩功績神祇国土令典

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