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新論 / 長計

持其志而廣其業、務在於明國體、循大卞一今古、博廣悠久、以照臨夏夷、循細戈之名而實之、所以足兵也、循瑞穗之名而實之、所以足食也、明忠孝以淬礪天下、所以使民信之也、三者並擧、食足、兵足、民信之、忠孝以明、天人合一、幽明無憾、以正易詭、以夏變夷、萬世而不已者、不拔之業也、今欲施行之、宜使民由之、而不可使知之、若夫論所以使民由之者、則曰禮而已、禮之目五、而敎民敬、莫大於祀、〈周官、以祀禮敎敬、則民不苟、〉祀禮有數有義、欲陳其數、當先明其義也、

新字:持其志而広其業、務在於明国体、循大卞一今古、博広悠久、以照臨夏夷、循細戈之名而実之、所以足兵也、循瑞穂之名而実之、所以足食也、明忠孝以淬礪天下、所以使民信之也、三者並挙、食足、兵足、民信之、忠孝以明、天人合一、幽明無憾、以正易詭、以夏変夷、万世而不已者、不抜之業也、今欲施行之、宜使民由之、而不可使知之、若夫論所以使民由之者、則曰礼而已、礼之目五、而教民敬、莫大於祀、〈周官、以祀礼教敬、則民不苟、〉祀礼有数有義、欲陳其数、当先明其義也、

書き下し

其の志を持して其の業を広むるは、務め国体を明らかにするに在り。大卞に循ひて今古を一にし、博広悠久にして、以て夏夷に照臨す。細戈の名に循ひて之を実にするは、兵を足す所以なり。瑞穂の名に循ひて之を実にするは、食を足す所以なり。忠孝を明らかにして以て天下を淬礪するは、民をして之を信ぜしむる所以なり。三者並び挙がりて、食足り、兵足り、民之を信じ、忠孝以て明らかに、天人合一し、幽明憾み無く、正を以て詭に易へ、夏を以て夷を変じ、万世にして已まざる者は、不抜の業なり。今之を施行せんと欲せば、宜しく民をして之に由らしむべくして、之を知らしむべからず。若し夫れ民をして之に由らしむる所以の者を論ずれば、則ち礼と曰ふのみ。礼の目は五にして、民に敬を教ふるは、祀より大なるは莫し。(周官に、祀礼を以て敬を教ふれば、則ち民苟もせずと。)祀礼に数有り義有り。其の数を陳べんと欲せば、当に先づ其の義を明らかにすべし。

現代語訳

その志を保ってその事業を広めるには、務めは国体を明らかにすることにある。大いなる法に従って今と昔を一つにし、広く大きく永く続いて、中華と夷狄を照らし臨む。「細戈(くわしほこ)の千足る国」という名に従ってこれを実にすることが、兵を充実させる方法である。「瑞穂の国」という名に従ってこれを実にすることが、食を充実させる方法である。忠孝を明らかにして天下を鍛え磨くことが、民に信を持たせる方法である。三つがそろって行われ、食が足り、兵が足り、民がこれを信じ、忠孝が明らかになり、天と人とが一つになり、幽明に心残りがなく、正しいもので詭術を置き換え、中華の道で夷狄を変え、万世にわたってやまないもの、それが揺るがない事業である。いまこれを行おうとするなら、民をこれに従わせるべきであって、理屈を知らせようとすべきではない。民をこれに従わせる方法を論じるなら、それは礼だけである。礼には五つの項目があるが、民に敬うことを教えるのに、祭祀より大きなものはない。(『周礼』に「祭祀の礼で敬を教えれば、民はいいかげんなことをしない」とある。)祭祀の礼には数(具体的な決まり)と義(意味)がある。その数を述べようとするなら、まずその義を明らかにすべきである。

解説

正志斎はここで長計の構図をまとめる。『論語』顔淵篇の「食を足し兵を足し民之を信ず」を、日本の古名「細戈千足国」「瑞穂国」と忠孝の教えに重ね、三者がそろうことを不抜の業とする。さらに『論語』泰伯篇の「民は之に由らしむべし、之を知らしむべからず」を引き、民を導く手段は礼、なかでも祭祀だと説く。民に理屈を説くより制度と慣行で導くという考えは、近代以降に民を操作の対象とみる論として批判もされた。現代では、理念を掲げるだけでなく、日々の行いの型にまで落とし込む必要がある、という論点として読める。

この章句が説くこと

国体富国強兵忠孝礼祭祀

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