新論 / 長計
夫 神州位於大地之首、朝氣也、正氣也、〈神州本 日神所開、而漢人稱東方爲日域、西夷亦稱神州及淸天竺韃靼諸國、曰亞細亞、又曰朝國、皆因自然之形體而稱之也、〉朝氣正氣是爲陽、故其道正大光明、明人倫以奉天心、尊 天神以盡人事、發育萬物、以體天地生養之德、
新字:夫 神州位於大地之首、朝気也、正気也、〈神州本 日神所開、而漢人称東方為日域、西夷亦称神州及清天竺韃靼諸国、曰亜細亜、又曰朝国、皆因自然之形体而称之也、〉朝気正気是為陽、故其道正大光明、明人倫以奉天心、尊 天神以尽人事、発育万物、以体天地生養之徳、
書き下し
夫れ神州は大地の首に位す、朝気なり、正気なり。(神州は本日神の開きたまふ所にして、漢人東方を称して日域と為し、西夷も亦神州及び清・天竺・韃靼の諸国を称して、亜細亜と曰ひ、又朝国と曰ふ。皆自然の形体に因りて之を称するなり。)朝気正気は是れ陽たり。故に其の道正大光明にして、人倫を明らかにして以て天心を奉じ、天神を尊びて以て人事を尽くし、万物を発育して、以て天地生養の徳を体す。
現代語訳
そもそも神州(日本)は大地の頭に位置し、朝の気であり、正しい気である。(神州はもともと日の神が開いた国で、漢人(中国人)は東方を「日域」と呼び、西洋人もまた神州および清・天竺(インド)・韃靼(モンゴル・満洲)の諸国を「アジア」と呼び、また「朝の国」とも呼ぶ。いずれも自然の形勢によってそう呼ぶのである。)朝の気、正しい気は陽である。だからその道は正しく大きく光明であり、人倫を明らかにして天の心を奉じ、天神を尊んで人のなすべきことを尽くし、万物を生み育てて、天地が生かし養う徳を身に体している。
解説
長計で正志斎は、国の位置を陰陽に当てはめる世界像を示す。日本は大地の首にあり、朝の気・正の気すなわち陽に当たるから、その道は正大光明だという。割注では、西洋人がアジアを「朝の国」と呼ぶことまで引いて自説の裏づけとしている。これは『新論』冒頭の国体論を受けた正志斎の主張で、地理を価値の序列に読み替える論法は、近代に国家主義の文脈で用いられた歴史もある。現代の読者は、自らの立ち位置を明るく大きく描こうとする意図と、その論法の危うさを併せて読みたい。
この章句が説くこと
神州陰陽国体世界観天水戸学
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