呻吟語 / 外篇・天地・自然・當然・不得不然
自然謂之天,當然謂之天,不得不然謂之天;陽亢必旱,久旱必陰,久陰必雨,久雨必晴,此之謂自然。君尊臣卑,父坐子立,夫唱婦隨,兄友弟恭,此之謂當然。小役大,弱役強,貧役富,賤役貴,此之謂不得不然。
新字:自然謂之天,当然謂之天,不得不然謂之天;陽亢必旱,久旱必陰,久陰必雨,久雨必晴,此之謂自然。君尊臣卑,父坐子立,夫唱婦随,兄友弟恭,此之謂当然。小役大,弱役強,貧役富,賤役貴,此之謂不得不然。
書き下し
自然を之れ天と謂ひ、當然を之れ天と謂ひ、不得不然を之れ天と謂ふ。陽亢れば必ず旱し、久しく旱すれば必ず陰り、久しく陰れば必ず雨ふり、久しく雨ふれば必ず晴る。此れを之れ自然と謂ふ。君尊く臣卑しく、父坐して子立ち、夫唱へて婦隨ひ、兄友にして弟恭なり。此れを之れ當然と謂ふ。小は大に役せられ、弱は強に役せられ、貧は富に役せられ、賤は貴に役せらる。此れを之れ不得不然と謂ふ。
現代語訳
自然にそうであるのを天と言い、当然そうであるべきを天と言い、そうならざるを得ないのを天と言います。陽が高ぶれば必ず日照りになり、長く日照りが続けば必ず曇り、長く曇れば必ず雨が降り、長く雨が降れば必ず晴れる。これを自然と言います。君は尊く臣は卑しく、父が座って子が立ち、夫が唱えて婦が従い、兄は優しく弟は恭しい。これを当然と言います。小は大に使われ、弱は強に使われ、貧は富に使われ、賤は貴に使われる。これを已むを得ずそうなると言います。
解説
天という語を、三つの内容に分けて例を挙げます。自然は天候の循環、当然は人倫の秩序、已むを得ずは力関係です。とくに三つ目が率直で、強弱貧富による支配を、当然ではなく已むを得ないものとして分類しています。当時の秩序観が色濃く出ていますが、支配を当然の側に入れなかった点は見逃せません。支配を当然の側に入れなかった点は、見逃せません。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
天自然当然力関係分類
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