新論 / 長計
今夫欲開不拔之業、宜立其大經、而明夏夷之邪正也、 神聖建國之大體、臣既粗言之、今既立大經、則當以四海爲一家、萬世爲一日、因 列聖遺緒、以圖時措之宜也、欲明夏夷之邪正、則當闡天人之大道、以爲趨舍之準也、
新字:今夫欲開不抜之業、宜立其大経、而明夏夷之邪正也、 神聖建国之大体、臣既粗言之、今既立大経、則当以四海為一家、万世為一日、因 列聖遺緒、以図時措之宜也、欲明夏夷之邪正、則当闡天人之大道、以為趨舎之準也、
書き下し
今夫れ不抜の業を開かんと欲せば、宜しく其の大経を立てて、夏夷の邪正を明らかにすべし。神聖建国の大体は、臣既に粗ぼ之を言へり。今既に大経を立つれば、則ち当に四海を以て一家と為し、万世を一日と為し、列聖の遺緒に因りて、以て時措の宜しきを図るべし。夏夷の邪正を明らかにせんと欲せば、則ち当に天人の大道を闡きて、以て趨舎の準と為すべし。
現代語訳
いま、揺るがない事業を開こうとするなら、その大いなる根本を立て、中華(わが国)と夷狄の正邪を明らかにすべきである。神聖が国を建てた大体については、私はすでにあらまし述べた。いま大いなる根本を立てたなら、天下を一つの家とし、万世を一日のようにみなし、歴代の天皇が残した事業を受け継いで、その時々にふさわしい施策を図るべきである。中華と夷狄の正邪を明らかにしようとするなら、天と人とをつらぬく大道を明らかにして、取るべきものと捨てるべきものの基準とすべきである。
解説
祀礼の論を受けて、正志斎は長計の二本柱を示す。一つは「大経」を立てること、もう一つは「夏夷の邪正」を明らかにすることである。四海を一家とし万世を一日とみる時間の長さと、列聖の遺緒をふまえて時宜を図る柔軟さを併せて求めている点に注意したい。日本を「夏(中華)」、西洋を「夷」とする区分は、当時の華夷思想を日本に当てはめた正志斎の主張である。現代に引きつければ、長期の事業には動かない原則と、その時々の判断の基準の両方が要る。原則なき臨機応変も、基準なき原則も、長くは続かない。
この章句が説くこと
長計大経原則華夷判断時宜
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史記 亀策列伝行くは行かず。来たるは来たらず。人に見えんとするも見えず。言語定まる。百事尽く吉ならず。此れ首俯足肣身節折なり。以て卜するに求むる有れども得ず。病者は死す。繋留せらるれば罪有り。行く者を望むも来たらず。行くは行く。来たるは来たらず。人に見えんとするも見えず。此れ挺内外自垂なり。以て卜するに求むる有れども晦(あき)らかならず。病は死せず、起き難し。繋留せらるるも罪毋けれども、出で難し。行くは行かず。来たるは来たらず。人に見えんとするも見えず。吉ならず。此れ横吉楡仰首俯なり。以て卜するに求むる有れども得難し。病は起き難けれども、死せず。繋がれば出で難けれども、傷む毋きなり。家室に居り、以て婦を娶り女を嫁す可し。此れ横吉上柱載正身節折内外自挙なり。以て病者を卜するに、卜日には死せず、其の一日にして乃ち死す。此れ横吉上柱足肣内自挙外自垂なり。以て病者を卜するに、卜日には死せず、其の一日にして乃ち死す。首俯足詐有外無内。病者、亀を占ひて未だ已まざるに、急ぎ死す。卜するに軽く失へば大なり。一日にして死せず。首仰足肣。以て卜するに求むる有れども得ず。以て繋がるれば罪有り。人の言語之を恐れしむれども傷む毋し。行くは行かず。人に見えんとするも見えず。大論に曰く、外なる者は人なり、内なる者は自我なり。外なる者は女なり、内なる者は男なり。首俛する者は憂ふ。大なる者は身なり、小なる者は枝なり。大法、病者は、足肣む者は生き、足開く者は死す。行く者は、足開けば至り、足肣む者は至らず。行く者は、足肣めば行かず、足開けば行く。求むる有るは、足開けば得、足肣む者は得ず。繋がるる者は、足肣めば出でず、開けば出づ。其の病を卜するや、足開きて死する者は、内高くして外下るなり。
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