言志四録 / 言志録 第二百二十七条 権は只是れ経なり
經之妙於用處是權。權之定於體處是經。程子權只是經一句。詮極妙。
新字:経之妙於用処是権。権之定於体処是経。程子権只是経一句。詮極妙。
書き下し
経の用に妙なる処は是れ権なり。権の体に定まる処は是れ経なり。程子の「権は只是れ経なり」の一句、詮極めて妙なり。
現代語訳
経(不変の原則)が働きの上で巧みに生かされるところが権(臨機応変の計らい)である。権が本体の上で定まっているところが経である。程子(程伊川)の「権はただ経である」という一句は、説き方がきわめて見事である。
解説
原則を意味する「経」と、状況に応じた臨機の処置を意味する「権」の関係を論じた一条です。『孟子』離婁上で、嫂が溺れたら手を取って救うのは権であると説かれて以来、経と権の関係は儒学の重要な論点でした。漢代には「経に反して道に合う」ものが権だとされましたが、程伊川はこれを退け、権は経の外にあるのではなく、ただ経にほかならないと説きました。一斎はこれを体と用の言葉で言い直します。経が働きとして巧みに現れた姿が権であり、権の根に定まっているのが経である。原則と柔軟な対応を対立させず、一つのものの表裏と見る見方は、規則と例外の間で迷う実務の判断に通じます。
この章句が説くこと
経と権原則臨機応変体用判断
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史記 亀策列伝行くは行かず。来たるは来たらず。人に見えんとするも見えず。言語定まる。百事尽く吉ならず。此れ首俯足肣身節折なり。以て卜するに求むる有れども得ず。病者は死す。繋留せらるれば罪有り。行く者を望むも来たらず。行くは行く。来たるは来たらず。人に見えんとするも見えず。此れ挺内外自垂なり。以て卜するに求むる有れども晦(あき)らかならず。病は死せず、起き難し。繋留せらるるも罪毋けれども、出で難し。行くは行かず。来たるは来たらず。人に見えんとするも見えず。吉ならず。此れ横吉楡仰首俯なり。以て卜するに求むる有れども得難し。病は起き難けれども、死せず。繋がれば出で難けれども、傷む毋きなり。家室に居り、以て婦を娶り女を嫁す可し。此れ横吉上柱載正身節折内外自挙なり。以て病者を卜するに、卜日には死せず、其の一日にして乃ち死す。此れ横吉上柱足肣内自挙外自垂なり。以て病者を卜するに、卜日には死せず、其の一日にして乃ち死す。首俯足詐有外無内。病者、亀を占ひて未だ已まざるに、急ぎ死す。卜するに軽く失へば大なり。一日にして死せず。首仰足肣。以て卜するに求むる有れども得ず。以て繋がるれば罪有り。人の言語之を恐れしむれども傷む毋し。行くは行かず。人に見えんとするも見えず。大論に曰く、外なる者は人なり、内なる者は自我なり。外なる者は女なり、内なる者は男なり。首俛する者は憂ふ。大なる者は身なり、小なる者は枝なり。大法、病者は、足肣む者は生き、足開く者は死す。行く者は、足開けば至り、足肣む者は至らず。行く者は、足肣めば行かず、足開けば行く。求むる有るは、足開けば得、足肣む者は得ず。繋がるる者は、足肣めば出でず、開けば出づ。其の病を卜するや、足開きて死する者は、内高くして外下るなり。
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