新論 / 長計
且法曰、十則圍之、今虜絶海而來、縱令彼大擧奄至、其勢未至圍我、而我八面受敵、不免如在圍中者、彼專而我分也、我沿海無所不備、故分而爲十、虜獨往獨來、恣其所欲爲、知戰地知戰日、毎在彼之掌握、故彼專而爲一、時分一兩船、往返海上、亦能得騷擾我民、如是者、其孰實孰虚、不待智者而後知之也、
新字:且法曰、十則囲之、今虜絶海而来、縦令彼大挙奄至、其勢未至囲我、而我八面受敵、不免如在囲中者、彼専而我分也、我沿海無所不備、故分而為十、虜独往独来、恣其所欲為、知戦地知戦日、毎在彼之掌握、故彼専而為一、時分一両船、往返海上、亦能得騷擾我民、如是者、其孰実孰虚、不待智者而後知之也、
書き下し
且つ法に曰く、十なれば則ち之を囲むと。今虜海を絶りて来たる。縦令ひ彼大挙して奄ち至るも、其の勢未だ我を囲むに至らず。而るに我八面に敵を受け、囲中に在るが如きを免れざる者は、彼専らにして我分かるればなり。我沿海備へざる所無し、故に分かれて十と為る。虜は独り往き独り来たり、其の為さんと欲する所を恣にす。戦地を知り戦日を知ること、毎に彼の掌握に在り。故に彼専らにして一と為る。時に一両船を分かち、海上に往返するも、亦能く我が民を騒擾するを得。是くの如き者、其の孰れか実にして孰れか虚なる、智者を待ちて後に之を知らざるなり。
現代語訳
また兵法(『孫子』)に「兵力が十倍なら敵を包囲せよ」とある。いま敵は海を越えてやって来る。たとえ大挙して急に押し寄せても、その勢いはわが国を包囲するほどにはならない。それなのにわが方が四方八方に敵を受け、包囲の中にいるような状態を免れないのは、彼が一つに集中しわが方が分散しているからである。わが方は沿岸のどこにでも備えるので、分かれて十となる。敵は思うままに行き来し、したいことをほしいままにする。戦う場所を知り戦う日を知るのは、いつも彼の掌中にある。だから彼は集中して一となる。時に一、二隻の船を分けて海上を行き来させるだけでも、わが民を騒がせることができる。このようであれば、どちらが実でどちらが虚であるかは、知恵ある者でなくてもわかることである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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李衛公問対・卷中千章万句、『人を致して人に致されず』を出でざるのみ。
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尉繚子・戰威善く兵を用うる者は、能く人を奪いて人に奪われず。
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孫子・虚実篇孫子曰く、戦いを善くする者は、人を致して人に致されず。
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李衛公問対・卷上兵を善く用うる者は、先ず測る可からざるを為せば、則ち敵は其の之く所に乖く。
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李衛公問対・卷中兵は主為るを貴び、客為るを貴ばず。速やかなるを貴び、久しきを貴ばず。
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尉繚子・戰權兵法に曰く、「千人にして権を成し、万人にして武を成す。権先づ人に加ふる者は、敵力交へず。武先づ人に加ふる者は、敵威接せず」と。故に兵は先を貴ぶ。此に勝てば、則ち彼に勝つ。此に勝たざれば、則ち彼に勝たず。凡そ我往けば則ち彼来たり、彼来たれば則ち我往き、相勝敗を為す、此れ戦の理の然るなり。夫れ精誠は神明に在り、戦権は道の極まる所に在り。有る者は之を無くし、無き者は之を有らしむ、安んぞ之を信ずる所あらん。先王の伝聞する所の者は、正に任じ詐を去り、其の慈順を存し、決して留刑無し。故に道を知る者は、必ず先づ止まるを知らざるの敗を図る、悪んぞ必ず往きて功有るに在らんや。軽く進みて戦を求むれば、敵復た止まるを図り、我往きて敵勝を制す。故に兵法に曰く、「求めて之に従ひ、見て之に加へ、主人敢へて当たらざるに之を陵げば、必ず其の権を喪ふ」と。凡そ奪はるる者は気無く、恐るる者は守るべからず、敗るる者は人無し、兵に道無ければなり。意往きて疑はざれば、則ち之に従ふ。敵を奪ひて前無ければ、則ち之に加ふ。明らかに視て高く居れば、則ち之を威す。兵の道極まれり。其の言謹み無ければ、偸みて失はしむ。其の陵犯節無ければ、破る。水のごとく潰し雷のごとく撃てば、三軍乱る。必ず其の危ふきを安んじ、其の患を去り、智を以て之を決す。之を高くするに廊廟の論を以てし、之を重くするに受命の論を以てし、之を鋭くするに踰垠の論を以てすれば、則ち敵国戦はずして服すべし。
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