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新論 / 長計

是所謂乖其所之者、而變實爲虚、轉虚爲實、如此則 神聖所以御夷狄之略、彼不得倒用、而彼所以擾我之術、我將倒用之、然後操縱之權、自我制之、廟謨既定、上下同心、千塗萬轍、必由是道而不變、於是乎我所以御夷狄者、即 神聖之所以御夷狄、内有一定之略、而外無可乘之虚、雖使黠虜千群窺我、將何以得陸梁我邊陲也、〈 大猷公嘗遣譯官島野兼了者於天竺、兼了乘荷蘭賈舶、周流諸國、遂往東海、三千里、得一大國、以爲是國宜屬 神州、因立碑題曰日本國中、當時規模之宏遠、亦可見也、海東三千里者、疑即西夷所稱亞墨利加洲者也、〉

新字:是所謂乖其所之者、而変実為虚、転虚為実、如此則 神聖所以御夷狄之略、彼不得倒用、而彼所以擾我之術、我将倒用之、然後操縦之権、自我制之、廟謨既定、上下同心、千塗万轍、必由是道而不変、於是乎我所以御夷狄者、即 神聖之所以御夷狄、内有一定之略、而外無可乗之虚、雖使黠虜千群窺我、将何以得陸梁我辺陲也、〈 大猷公嘗遣訳官島野兼了者於天竺、兼了乗荷蘭賈舶、周流諸国、遂往東海、三千里、得一大国、以為是国宜属 神州、因立碑題曰日本国中、当時規模之宏遠、亦可見也、海東三千里者、疑即西夷所称亜墨利加洲者也、〉

書き下し

是れ所謂其の之く所を乖く者にして、実を変じて虚と為し、虚を転じて実と為す。此くの如くなれば、則ち神聖の夷狄を御する所以の略、彼倒用するを得ずして、彼の我を擾す所以の術、我将に之を倒用せんとす。然る後操縦の権、我より之を制す。廟謨既に定まり、上下心を同じくし、千塗万轍、必ず是の道に由りて変ぜず。是に於てか我の夷狄を御する所以の者は、即ち神聖の夷狄を御する所以にして、内に一定の略有りて、外に乗ずべきの虚無し。黠虜をして千群我を窺はしむと雖も、将た何を以て我が辺陲に陸梁するを得んや。(大猷公嘗て訳官島野兼了なる者を天竺に遣はす。兼了荷蘭の賈舶に乗り、諸国を周流し、遂に東海に往くこと三千里、一大国を得たり。以為へらく是の国宜しく神州に属すべしと。因りて碑を立てて題して日本国中と曰ふ。当時の規模の宏遠なること、亦見るべきなり。海東三千里なる者は、疑ふらくは即ち西夷の所謂亜墨利加洲なる者ならん。)

現代語訳

これがいわゆる敵の向かうところをそらすということであり、実を変じて虚とし、虚を転じて実とするのである。このようになれば、神々や聖なる天皇たちが夷狄を制した策略を、彼は逆用できなくなり、彼がわが方を騒がす術を、かえってわが方が逆用することになる。そうしてはじめて主導権をこちらが握ることになる。朝廷の方針がすでに定まり、上下が心を同じくし、千の道、万の轍があっても必ずこの道に拠って変わらない。こうなれば、わが方が夷狄を制するやり方は、そのまま神聖な天皇たちが夷狄を制したやり方となり、内には一定の策略があり、外には付け入られる隙がない。ずる賢い敵が千の群れをなしてわが国を窺ったとしても、どうしてわが辺境を荒らし回ることができようか。(大猷公(三代将軍徳川家光)はかつて通訳の島野兼了という者を天竺(インド方面)に遣わした。兼了はオランダの商船に乗って諸国をめぐり、ついに東の海を三千里進んで一つの大国にたどり着いた。この国は日本に属すべきだと考え、碑を立てて「日本国中」と記したという。当時の構想の広大さがうかがえる。海の東三千里というのは、おそらく西洋人のいうアメリカ大陸のことであろう。)

解説

相手の向かう先をそらし、虚実を入れ替えれば、西洋が逆用してきた古来の策略を取り戻し、逆に相手の術をこちらが用いることができると正志斎は説く。方針が定まり上下が心を一つにすれば、外に乗じられる隙はないという結論である。割注に記す、徳川家光が島野兼了を派遣し東方の大国に「日本国中」の碑を立てたという話は、正志斎が伝聞として引くもので史実としては確かめがたい。主導権を取り戻す鍵を、奇策でなく方針の一貫と上下の一致に置く点は、今日の組織にも通じる教えである。

この章句が説くこと

主導権虚実一致長計戦略新論

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