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新論 / 守禦

夫去佚樂而就憂苦、本非人情所欲、習安懷居、滔滔皆是、攘夷之令雖布、而世未有實攘夷者、守禦之策、亦未聞大有所釐革創立、則民未知號令之必可信、其衆心未決於戰、而天下兵士未甚陷、不亦宜乎、兵法曰、兵士甚陷則不懼、故北條氏之刎元使、天下兵士一朝甚陷、其所以使之不得已者、出於率然也、今實一攘夷、則天下泄泄者、聳然知所警矣、然後使玩愒歳月者如登高去其梯、所以投之無所往、而其欲使兵士不懼、莫要焉、

新字:夫去佚楽而就憂苦、本非人情所欲、習安懐居、滔滔皆是、攘夷之令雖布、而世未有実攘夷者、守禦之策、亦未聞大有所釐革創立、則民未知号令之必可信、其衆心未決於戦、而天下兵士未甚陥、不亦宜乎、兵法曰、兵士甚陥則不懼、故北条氏之刎元使、天下兵士一朝甚陥、其所以使之不得已者、出於率然也、今実一攘夷、則天下泄泄者、聳然知所警矣、然後使玩愒歳月者如登高去其梯、所以投之無所往、而其欲使兵士不懼、莫要焉、

書き下し

夫れ佚楽を去りて憂苦に就くは、本人情の欲する所に非ず。安きに習ひ居を懐ふ、滔滔として皆是なり。攘夷の令布くと雖も、世未だ実に夷を攘ふ者有らず。守禦の策も、亦未だ大いに釐革創立する所有るを聞かず。則ち民未だ号令の必ず信ずべきを知らず、其の衆心未だ戦に決せずして、天下の兵士未だ甚だしくは陥らざること、亦宜ならずや。兵法に曰く、兵士甚だ陥れば則ち懼れずと。故に北条氏の元使を刎ぬるや、天下の兵士一朝にして甚だ陥る。其の之をして已むを得ざらしむる所以の者は、率然に出づるなり。今実に一たび夷を攘はば、則ち天下の泄泄たる者、聳然として警むる所を知らん。然る後に歳月を玩愒する者をして高きに登りて其の梯を去るが如くせしむ。之を往く所無きに投ずる所以にして、其の兵士をして懼れざらしめんと欲するは、焉より要なるは莫し。

現代語訳

そもそも安楽を捨てて憂いと苦しみに向かうことは、もともと人情の望むところではない。安逸に慣れ住み慣れた家を恋しがる者は、どこを見てもみなそうである。攘夷の令が布かれたとはいえ、世の中にはまだ実際に外敵を打ち払った者はいない。守りの策についても、大いに改革し新設したという話は聞かない。それでは民はまだ号令が必ず信じられるものだとは知らず、人々の心はまだ戦う決意が固まらず、天下の兵士がまだ退路のない窮地に置かれていないのも、当然ではないか。兵法(『孫子』)に「兵士は深い窮地に陥れば恐れなくなる」とある。だから北条氏が元の使者を斬ったとき、天下の兵士は一朝にして深い窮地に置かれた。そうせざるを得ないようにさせたのは、突然の断行によるものであった。いま本当に一度外敵を打ち払えば、天下のだらけた者たちも、はっと身を正して警戒すべきことを知るだろう。そうしてはじめて、歳月をいたずらに過ごす者を、高い所に登らせてその梯子を外すような状態に置くことができる。それが兵を行き場のない所に投じるということであり、兵士を恐れさせないようにするには、これ以上に肝要なことはない。

解説

人は安楽を捨てて苦難に向かうことを好まないという人情を正面から認めたうえで、号令だけでは人心は決まらないと正志斎は説く。『孫子』九地篇の「兵士甚だ陥れば則ち懼れず」「高きに登りて其の梯を去る」を引き、北条時宗が元の使者を斬って国中を決戦に追い込んだ史実を例に、実際に一度断行すれば人々は目を覚ますと論じる。退路を断って結束を生むというこの主張は、強硬な攘夷論として後世に影響を与えた。言葉より行動が信頼を生むという点は、組織変革にも通じる指摘である。

この章句が説くこと

攘夷民心決断兵法危機孫子

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