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新論 / 國體上

夫英雄之鼓舞天下、唯恐民之不動、庸人之糊塗一時、唯恐民之或動、故務粉飾昇平、使虜陸梁眼前、猶稱爲漁商、上下相蒙蔽、適足以玩寇畜禍、而高拱端睨、糊塗自智、將相率自趣不測之淵、亦可憫也、苟稍存心性智識者、誰不呑聲而竊嘆之乎、今 幕府斷然明令天下、見虜必摧之、公然與天下同仇之、而令布一日、天下無智愚、莫不攘臂欲趨令、天下人心之不可磨滅如此、夫方今天下有封建之勢者、固 太祖之所以制治也、 東照宮以忠孝立基者、 天祖之所以垂彝訓也、苟能因人心之不可磨滅者、而立之規制、原於 神聖所以經綸天下之意、經土地制人民、正君臣之義、敦父子之親、範圍天下、以爲一身、豈甚難爲哉、此乃千載之一時、必不可失之機也、臣是以欲審弊之宜革者、不得不眷眷於時勢之變也、

新字:夫英雄之鼓舞天下、唯恐民之不動、庸人之糊塗一時、唯恐民之或動、故務粉飾昇平、使虜陸梁眼前、猶称為漁商、上下相蒙蔽、適足以玩寇畜禍、而高拱端睨、糊塗自智、将相率自趣不測之淵、亦可憫也、苟稍存心性智識者、誰不呑声而窃嘆之乎、今 幕府断然明令天下、見虜必摧之、公然与天下同仇之、而令布一日、天下無智愚、莫不攘臂欲趨令、天下人心之不可磨滅如此、夫方今天下有封建之勢者、固 太祖之所以制治也、 東照宮以忠孝立基者、 天祖之所以垂彝訓也、苟能因人心之不可磨滅者、而立之規制、原於 神聖所以経綸天下之意、経土地制人民、正君臣之義、敦父子之親、範囲天下、以為一身、豈甚難為哉、此乃千載之一時、必不可失之機也、臣是以欲審弊之宜革者、不得不眷眷於時勢之変也、

書き下し

夫れ英雄の天下を鼓舞するや、唯民の動かざるを恐れ、庸人の一時を糊塗するや、唯民の或は動くを恐る。故に務めて昇平を粉飾し、虜をして眼前に陸梁せしむるも、猶ほ称して漁商と為し、上下相蒙蔽して、適に以て寇を玩び禍を畜ふるに足る。而して高拱端睨し、糊塗して自ら智とし、将に相率ゐて自ら不測の淵に趣かんとす。亦憫むべきなり。苟くも稍心性智識を存する者は、誰か声を呑みて窃かに之を嘆ぜざらんや。今幕府断然として天下に明令し、虜を見れば必ず之を摧かしめ、公然として天下と之を同仇す。而して令布くこと一日、天下智愚と無く、臂を攘ひて令に趨かんと欲せざるは莫し。天下人心の磨滅すべからざること此くの如し。夫れ方今天下に封建の勢有る者は、固より太祖の治を制する所以なり。東照宮の忠孝を以て基を立つる者は、天祖の彝訓を垂るる所以なり。苟くも能く人心の磨滅すべからざる者に因りて、之が規制を立て、神聖の天下を経綸する所以の意に原づき、土地を経し人民を制し、君臣の義を正し、父子の親を敦くし、天下を範囲して、以て一身と為さば、豈甚だ為し難からんや。此れ乃ち千載の一時、必ず失ふべからざるの機なり。臣是を以て弊の宜しく革むべき者を審かにせんと欲して、時勢の変に眷眷たらざるを得ざるなり。

現代語訳

そもそも英雄が天下を奮い立たせるときは、ただ民が動かないことを恐れ、凡庸な者がその場をとりつくろうときは、ただ民が動きはしないかと恐れる。だから努めて太平を飾りたて、外敵が目の前で暴れまわっていても、なお漁船や商船だと言い、上下が互いに覆い隠し合って、まさに敵をあなどり災いを養うばかりである。そして手をこまねいて横目で眺め、とりつくろって自分は賢いと思い、互いに連れだって底知れぬ淵へ向かおうとしている。まことに哀れむべきである。いやしくも少しでも心と知恵のある者なら、誰が声をのんでひそかに嘆かずにいられようか。いま幕府は断固として天下に明らかに命じ、外敵を見れば必ず打ち砕かせ、公然と天下とともに敵とした。命令が出されてわずか一日で、天下の賢い者も愚かな者も、腕まくりして命令に従おうとしない者はなかった。天下の人心が磨り減ってなくならないことは、このとおりである。いま天下に封建の勢いがあるのは、もとより太祖(神武天皇)が治を定めたやり方である。東照宮が忠孝によって基礎を立てたのは、天祖が人倫の教えを垂れたやり方である。もし、この磨り減らない人心に基づいて制度を立て、神聖が天下を治めた意図にもとづいて、土地を整え人民を治め、君臣の義を正し、父子の親しみを厚くし、天下を一つの枠にまとめて一身のようにするなら、どうしてそれほど難しいことがあろうか。これこそ千年に一度の、決して逃してはならない好機である。私はそれゆえ、改めるべき弊害を見きわめようとして、時勢の変化に心を寄せずにはいられないのである。

解説

正志斎は、民が動かないことを恐れる英雄と、民が動くことを恐れる凡人とを対比し、異国船を漁船・商船と言いくるめて太平を装う為政者を批判する。そして文政八年(1825)の異国船打払令を、天下の人心がなお失われていない証拠として歓迎し、これを「千載の一時」の好機と位置づける。打払令はのちに天保十三年(1842)に緩められるが、正志斎はこの時点で、危機を、人心をまとめ制度を立て直す契機ととらえていた。危機を隠さず共有することで人々が奮い立つという洞察は、組織の変革でも重要な示唆を与える。

この章句が説くこと

危機人心好機改革打払令時勢

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