新論 / 國體中
論者徒見治強之跡、而忘衰弱之勢、頑然視猶文祿慶長之舊、何其惑也、今虜犬羊之性、雖不足與較長短、而其俗殘忍、日尋干戈、勢不得愚弱其民以自立國、故闔國皆可籍爲兵、又徴役海外諸蠻、未可侮以爲寡也、各國戰爭、民習於兵、未可侮以爲弱也、用妖敎以誘其民、民心皆一、足以戰矣、巨艦大礮、固其長技、足以嚇人矣、由是毎雄視海上、逞其呑噬、未可侮以爲愚也、而今欲應之、豈可徒恃自愚自弱之餘謀、安坐高枕無所變通哉、愚民弱兵、雖爲治之奇策、而利之所在、弊亦隨之、不得不矯之、今幕府之議、既決擯虜、則轉寡爲衆、更弱爲強、其勢之不可得已者也、
新字:論者徒見治強之跡、而忘衰弱之勢、頑然視猶文禄慶長之旧、何其惑也、今虜犬羊之性、雖不足与較長短、而其俗残忍、日尋干戈、勢不得愚弱其民以自立国、故闔国皆可籍為兵、又徴役海外諸蠻、未可侮以為寡也、各国戦争、民習於兵、未可侮以為弱也、用妖教以誘其民、民心皆一、足以戦矣、巨艦大礮、固其長技、足以嚇人矣、由是毎雄視海上、逞其呑噬、未可侮以為愚也、而今欲応之、豈可徒恃自愚自弱之余謀、安坐高枕無所変通哉、愚民弱兵、雖為治之奇策、而利之所在、弊亦随之、不得不矯之、今幕府之議、既決擯虜、則転寡為衆、更弱為強、其勢之不可得已者也、
書き下し
論者徒に治強の跡を見て、衰弱の勢を忘れ、頑然として視ること猶文禄・慶長の旧のごとし。何ぞ其れ惑へるや。今虜は犬羊の性、与に長短を較ぶるに足らずと雖も、而も其の俗残忍にして、日に干戈を尋ね、勢、其の民を愚弱にして以て自ら国を立つるを得ず。故に闔国皆籍して兵と為すべく、又海外の諸蛮を徴役す。未だ侮りて以て寡と為すべからざるなり。各国戦争し、民兵に習ふ。未だ侮りて以て弱と為すべからざるなり。妖教を用ゐて以て其の民を誘ひ、民心皆一にして、以て戦ふに足る。巨艦大砲は固より其の長技にして、以て人を嚇すに足る。是に由りて毎に海上に雄視し、其の呑噬を逞しくす。未だ侮りて以て愚と為すべからざるなり。而して今之に応ぜんと欲するに、豈に徒に自ら愚にし自ら弱くするの余謀を恃み、安坐高枕して変通する所無かるべけんや。民を愚にし兵を弱くするは、治を為すの奇策なりと雖も、而も利の在る所、弊も亦之に随ふ。之を矯めざるを得ず。今幕府の議、既に虜を擯くに決す。則ち寡を転じて衆と為し、弱を更めて強と為すは、其の勢の已むを得べからざる者なり。
現代語訳
論者はただ治まり強かった過去の跡だけを見て、衰え弱っている現在の形勢を忘れ、かたくなに今も文禄・慶長の昔のままだと見ている。なんと惑っていることか。いま夷狄は犬や羊のような性質で、長所短所を比べるに足らないとはいえ、その風俗は残忍で、日々戦を求め、その形勢からして、自国の民を愚かで弱くしたままでは国を立てていけない。だから国じゅうの者を兵籍に入れることができ、さらに海外の諸民族を徴発して使役している。侮って少ないと見てはならない。各国は戦争を重ね、民は兵事に習熟している。侮って弱いと見てはならない。妖しい教えで民を誘い、民心はみな一つになっていて、十分に戦える。巨大な軍艦と大砲はもとよりその得意とするところで、人を脅かすに足る。こうしていつも海上で睨みをきかせ、併呑をほしいままにしている。侮って愚かと見てはならない。それなのに今これに対応しようとして、どうしてただ自らを愚かにし弱くした余りの策を頼み、枕を高くして安座したまま何の変通もせずにいられようか。民を愚かにし兵を弱くするのは、国を治める優れた策ではあったが、利のあるところには弊害もついてくる。これを正さないわけにはいかない。いま幕府の議は、すでに夷狄を退けることに決した。そうであれば、少ない兵を多くし、弱い兵を強くするのは、形勢上やむをえないことである。
解説
この章句が説くこと
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