新論 / 守禦
夫屯戍設、斥候明、水兵繕、火器練、資糧峙、則其所宜創立者、大綱擧矣、大綱擧、則其瑣瑣者、亦將隨而作興焉、經制之昔存而今廢、紀綱之昔張而今弛者、盡釐革而振起之、規模之宜立而未立、禁令之宜設而未設者、盡創立而作興之、臣所畫守禦之策、大略如此矣、然而智者之擧事其慮之也、必雜於利害、故謀議畫策、既知其利亦不可以不知其害之所在也、請竟論之、
新字:夫屯戍設、斥候明、水兵繕、火器練、資糧峙、則其所宜創立者、大綱挙矣、大綱挙、則其瑣瑣者、亦将随而作興焉、経制之昔存而今廃、紀綱之昔張而今弛者、尽釐革而振起之、規模之宜立而未立、禁令之宜設而未設者、尽創立而作興之、臣所画守禦之策、大略如此矣、然而智者之挙事其慮之也、必雑於利害、故謀議画策、既知其利亦不可以不知其害之所在也、請竟論之、
書き下し
夫れ屯戍設け、斥候明らかに、水兵繕ひ、火器練り、資糧峙はれば、則ち其の宜しく創立すべき所の者、大綱挙がる。大綱挙がれば、則ち其の瑣瑣たる者も、亦将に随ひて作興せんとす。経制の昔存して今廃れ、紀綱の昔張りて今弛む者は、尽く釐革して之を振起し、規模の宜しく立つべくして未だ立たず、禁令の宜しく設くべくして未だ設けざる者は、尽く創立して之を作興す。臣の画する所の守禦の策、大略此くの如し。然り而して智者の事を挙ぐるや其の之を慮るや、必ず利害に雑ふ。故に謀議画策、既に其の利を知れば亦以て其の害の所在を知らざるべからざるなり。請ふ竟に之を論ぜん。
現代語訳
そもそも駐屯の守備兵を置き、偵察を明らかにし、水軍を整え、火器を練り、資材と糧食を蓄えれば、新たに立てるべきものの大綱は整う。大綱が整えば、こまごまとしたことも、それにつれて興ってくるだろう。昔はあって今は廃れた制度、昔は張っていて今は緩んだ規律は、すべて改めて奮い立たせ、立てるべきなのにまだ立っていない仕組み、設けるべきなのにまだ設けていない禁令は、すべて新たに立てて興す。私(臣)が描いた守りの策は、おおよそこのとおりである。しかし知恵ある者が事を起こすとき、その考えには必ず利と害の両方を交えて考える。だから計画を練るときには、その利を知ったうえで、害がどこにあるかも知らなければならない。どうか最後にそれを論じさせていただきたい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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人物志・利害法家の業は、制度に本づき、成功を待ちて効あり。其の道は口を前にして治を後にし、厳にして衆の為にす。故に其の未だ達せざるや、衆人の忌む所と為り、已に試みらるるや、上下の憚る所と為る。
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『講孟余話』離婁上 首章此の章、徒善にても徒法にても用を済まさず、法と善と兼備するに非ざれば不可なることを云ひて、重きを法に帰し、仁心仁聞ありて民其の沢を被らざるを議る。孟子の所謂法は即ち王政なり、仁政なり、五畝の宅・百畝の田・庠序学校の設けの類なり。然れども後世政を執る者深く察せず、却つて此の語に誤らるる者あり。宋の王安石、明の方孝孺の如き皆是れなり。安石・孝孺皆謂へらく、政の要は法の善悪にありと。故に務めて法度を紛更変易せんと欲す。是れ大いに非なり。大凡道に汚隆あり徳に厚薄ありと云へども、創業垂統の主は必ず百世に伝ふるの制度ある者なり。故に守成の臣子たる者は務めて祖宗の法制を講究し、且つ徒法にならざる様にするは徳を修むるにあるのみ。若し己の徳を修むるを知らず、祖宗の法制あるをも知らず、別に先王の法を求め周室の制に倣ふ時は、必ず枘鑿矛盾して大害大変を生ずること必せり。是れ安石・孝孺の誤る所なり。然らば孟子の説は非か。云ふ、否。治を為すは太甚を去るべし。孟子の時諸国の政大いに乱る。故に其の太甚を去りて是れを成周の旧に復せんと欲するなり。且つ孟子の時大いに乱ると雖も、猶周家の余緒を承く。宋明の周制を用ひ旧制を変じ、大いに人情に戾り衆目を駭かす如きに非ざるなり。是れ知らざるべからず。
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『講孟余話』滕文公上 第三章余をして横渠の時に生れしめば、必ず此の事を成さん者をと思へども、幽明道遥かにして詮方なし。況や今囹圄の囚となり、志ありと云へども遂ぐべき様なし。徒に横渠の説を読みて感涙胸を沽すのみ。但し横渠の説は田を画し井となすか最も用意の所と見えたり。仁政は経界より始まるとあれば、此の事固より要務にはあるべけれど、是れは法制に係りたることにて、万一人情に合し土俗に宜からぬことあれば、大いに民間を擾乱するに至る。故に夫れよりは此の一節に云ふ所の実を主として行ひ度きことなり。
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事元禄の時分も金銀殖えたる勢に乗して世界の旅宿を改め、物の制度を立てたらは世は箇様に成るましきなり、当時先々も同しく旅宿の境界を已めて、物の制度を立てゝ、よくとくとゆりすわりたらは、金銀正徳の半減になるとても世界も困窮すましきことなれとも、既に斯の如く困窮したるを直さすしては、旅宿の境界を巳むることも物の制度を立つることも甚た以て難きことなり、総して世界の有様を仕替ゆることは人々の仕慣れたる筋を引換ゆることなれは人々心赴むき難きことなり、騒動に成りて世界愈々困窮になり行く、先の善き事は持ち難かるへし、唯々当分世界の甚た久く賑ふことを執行はすんはあるへからす、当時如何様のことをして世界を賑はすへきと工夫するに、銭を鋳るに若くはなかるへし、
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