十善法語 / 巻第六・不惡口戒
總シテ此人ノ此世ニ在ル。上下貴賤。一人トシテ此ニヨキゾト心ヲ許スコトハナラヌ世界シヤ。若此怠アレハ。此灾其處ニ長スル。事例ヲ擧ハ。周代子弟ヲ封シテ後世ニ微弱ニナリ下ル。秦始皇此ニ懲テ。天下ヲ郡縣ニス。後奸臣カ君ヲ欺テ速ニ亡ル。漢ノ高祖カ秦ノ孤立ニ懲テ。子弟ヲ分チ封ス。景帝ノ時ニ至テ。吳楚七國ノ兵起ル。事ノ利ト害ト相依。功ト弊ト相伴フコトカクシヤ。
新字:総シテ此人ノ此世ニ在ル。上下貴賤。一人トシテ此ニヨキゾト心ヲ許スコトハナラヌ世界シヤ。若此怠アレハ。此災其処ニ長スル。事例ヲ挙ハ。周代子弟ヲ封シテ後世ニ微弱ニナリ下ル。秦始皇此ニ懲テ。天下ヲ郡県ニス。後奸臣カ君ヲ欺テ速ニ亡ル。漢ノ高祖カ秦ノ孤立ニ懲テ。子弟ヲ分チ封ス。景帝ノ時ニ至テ。呉楚七国ノ兵起ル。事ノ利ト害ト相依。功ト弊ト相伴フコトカクシヤ。
書き下し
総シテ此人ノ此世ニ在ル。上下貴賤。一人トシテ此ニヨキゾト心ヲ許スコトハナラヌ世界シヤ。若此怠アレハ。此灾其処ニ長スル。事例ヲ挙ハ。周代子弟ヲ封シテ後世ニ微弱ニナリ下ル。秦始皇此ニ懲テ。天下ヲ郡県ニス。後奸臣カ君ヲ欺テ速ニ亡ル。漢ノ高祖カ秦ノ孤立ニ懲テ。子弟ヲ分チ封ス。景帝ノ時ニ至テ。吳楚七国ノ兵起ル。事ノ利ト害ト相依。功ト弊ト相伴フコトカクシヤ。
現代語訳
総じて人がこの世にあるのは、上下貴賤を問わず、一人としてこれでよいぞと心を許すことのできない世界である。もしこの怠りがあれば、その災いはそこに育つ。事例を挙げれば、周の代には子弟を諸侯に封じて、後世に王室が弱くなっていった。秦の始皇帝はこれに懲りて、天下を郡県とした。後に奸臣が君主を欺いて速やかに滅んだ。漢の高祖は秦の孤立に懲りて、子弟を分けて封じた。景帝の時に至って、呉楚七国の兵が起こった。事の利と害とは互いに依り、功と弊とは互いに伴うことはこのようである。
解説

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