新論 / 守禦
夫船舶之用、昉於神代、以弘化海外、而海運者、則 崇神天皇之所新創以爲百姓省費興利、歴百餘世、未嘗患外虜妨害、今以洋夷之故、而一朝逡巡、雖列國所漕者、不得容易下海、而時論亦或至欲開渠東國以廢海運、人情亦皆安之、其畏懦恇怯、既已如此矣、古人有言、我退一歩則彼進一歩、而孤島之在海中、如壱岐對馬及種子掖玖八丈等、或使虜進而據之以爲巢窟、而拱手不救、安然環視曰、吾長技不在於水戰、可乎、
新字:夫船舶之用、昉於神代、以弘化海外、而海運者、則 崇神天皇之所新創以為百姓省費興利、歴百余世、未嘗患外虜妨害、今以洋夷之故、而一朝逡巡、雖列国所漕者、不得容易下海、而時論亦或至欲開渠東国以廃海運、人情亦皆安之、其畏懦恇怯、既已如此矣、古人有言、我退一歩則彼進一歩、而孤島之在海中、如壱岐対馬及種子掖玖八丈等、或使虜進而拠之以為巣窟、而拱手不救、安然環視曰、吾長技不在於水戦、可乎、
書き下し
夫れ船舶の用は、神代に昉まり、以て海外に弘化す。而して海運は、則ち崇神天皇の新たに創めて以て百姓の為に費を省き利を興したまひし所にして、百余世を歴て、未だ嘗て外虜の妨害を患へず。今洋夷の故を以て、一朝逡巡し、列国の漕ぐ所と雖も、容易に海に下すを得ず。而して時論も亦た或は東国に渠を開きて以て海運を廃せんと欲するに至り、人情も亦た皆之に安んず。其の畏懦恇怯、既已に此の如し。古人言へる有り、我一歩を退けば則ち彼一歩を進む、と。而して孤島の海中に在る、壱岐・対馬及び種子・掖玖・八丈等の如き、或は虜をして進みて之に拠りて以て巣窟と為さしめて、手を拱きて救はず、安然として環視して曰く、吾が長技は水戦に在らず、と。可ならんや。
現代語訳
そもそも船の利用は神代に始まり、それによって海外にまで教化を広めた。そして海運は、崇神天皇が新たに始められて、民のために費用を省き利益を興されたもので、百余代を経て、外夷に妨げられる心配をしたことはなかった。今、西洋の夷のために一朝にしてためらい、諸藩が漕ぐ船でさえたやすく海に出せなくなった。そして世の論の中には、東国に運河を開いて海運をやめようとするものまで現れ、人々もみなそれに安んじている。その臆病さと恐れは、すでにこれほどである。古人の言葉に「こちらが一歩退けば、相手は一歩進む」とある。海の中にある孤島、壱岐・対馬や種子島・屋久島・八丈島などを、外夷が進んで占拠し根城にしても、手をこまねいて救わず、平然と見回して「わが得意は水戦にはない」と言う。それでよいものだろうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『新論』守禦今宜しく邦国に賦して巨艦を興造せしめ、其の工役は軍令を以て事に従ふべし。(邦国に賦して工役を供せしむるは、今世の所謂手伝なる者の如き是れなり。)其の制は堅緻精密にして、必ず虜船に当たるべからしめ、配するに邦国の卒を以てし、事に臨みて以て戦ふべし。(営繕令に、凡そ官船有るの処は、量りて兵士を遣はして看守せしめよ、と。)監するに幕府の吏を以てし、其の選を重くし、其の責を厚くし、爵位は以て衆を御するに足り、禄秩は以て廉を養ふに足り、事無ければ則ち以て天下の米穀及び諸物を運び、糴糶の権をして上に在らしめ、邦国商賈に仰ぎ給せず。然る後に歳時を以て訓練教閲し、以て虜を海上に截るに足らしめば、庶はくは事に臨みて懾れず、虜も亦た驕傲自ら肆にするを得ず。我の戦はんと欲するや、虜敢へて避けず、戦ふを欲せざるや、則ち敢へて逼らず。是の如くして然る後に操縦の権、我に由りて制すべきなり。
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『新論』守禦所謂水兵を繕ふとは何ぞや。水戦の防海に於けるは、猶ほ陸戦の守城に於けるがごとし。其の以て已むべからざるや固よりなり。今虜は海濤を以て家と為し、水技に於て最も熟す。而して其の之を拒ぐ者、船艦の制、精しからざるべからず、水操の法、講ぜざるべからざること、固より論亡きのみ。今水兵を繕はんと欲すれば、必ずしも一処に団聚して日に戦法を教へず。要は天下の将士をして平居水に習はしむるに在り。其の巨艦を操ること、短航を行るが如く、狂瀾怒濤を視ること、袵席の上に坐するが如くにして、然る後に乃ち用ふべきなり。故に或は漕運し、或は捕魚し、宜しく常に水上に事有るべし。而して其の針路の迂直、港嶴の曲折、潮候の逆順、日月星辰・風雨晦明、凡そ占度の用、諳熟せざる莫し。是れ皆将士をして水に習はしむる所以なり。
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『新論』守禦弘安の蒙古に於ける、文禄の朝鮮に於ける、其の或は利を失ふ者は、陸戦に在らずして多く水軍に在り。是れ其の将士の勇ならざるに非ず。而して困しむ所の者は、船制低小にして、以て巨艦大舶に抗する能はざるのみ。(明の屠仲律云ふ、倭は陸戦に長じ、水闘に短なり。船敵せずして火器備はらざるを以てなり、と。兪大猷は水戦を以て禦倭の急務と為し、巨船を修備せんことを請ふこと尤も力む。戚継光も亦た云ふ、福船は高大なること城の如く、倭舟は矮小なり。故に福船風に乗じて下圧すれば、車の蟷螂を碾くが如し。船力を闘はして人力を闘はさず。是を以て毎毎勝ちを取る。設使倭船も亦た福船の如くならば、則ち吾未だ其の必ず済すの策を見ざるなり、と。此れ亦た以て水戦の利害は船制の得失に在ることを証すべきなり。)
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『新論』守禦故に小船を用ゐて以て巨艦を摧く者は、一時の戦略にして、主将の方寸に在り、之を其の人に付すべし、而して防海の規制を画する所以に非ざるなり。且つ鳥銃の如きは、原西夷の製する所なるも、中国採りて之を用ゐるに及び、其の制の精なること更に之に倍す。明人之を畏れ、号して倭銃と為す。其の番銃と称せずして倭銃と称するは、亦以て我が民の巧を見るべし。則ち船制の如きも、亦善く彼に取りて以て己の用と為さば、製造の精、何ぞ独り他人の後に在らんや。(鄂羅の汗伯得勒なる者、嘗て微服して船匠と為り、間行して荷蘭に到り、大舶を造ることを習ふ。鄂羅の善く大舶を用ゐ、航海の術に精しきは、蓋し是を始めと為す。実に元禄年間の事と云ふ。夷虜の心を用ゐること、猶尚ほ之くの如し。況んや中国にして反つて自ら棄てて為さざらんや。)故に曰く、巨艦を用ゐて以て軍容を壮んにし、士卒をして恃む所有りて懾れざらしめ、虜をして忌む所有りて敢へて肆にせざらしむ、此れ水兵の宜しく急ぐべき者なりと。故に水操の法、巨艦の制は、皆海国の先務にして、間暇に及びて之を審議せざるべからざるなり。
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『新論』形勢夫れ古夷狄の辺患を為す者は、熊襲なり、隼人なり、蝦夷・蝦狄なり。其の馴服するに及びて、海外より貢を脩むる者は三韓なり、粛慎・渤海の諸国なり。其の寇賊を為す者は女真・蒙古なり(女真既に契丹を破り、将に宋を侵さんとして、寛仁中に筑紫に寇す。世称して刀伊の賊と為す。後二百余年、蒙古強盛にして、雄を西北に称し、将に宋を併せんとして、亦筑紫に寇す。是れ其の寇害を為す者、皆彼の南を図るの時に在るなり)。而して狂瀾怒濤に阻まれ、卒に深患を為すこと能はず。是の時に当たりて、神州四面皆海、号して天険と為す。今西夷巨艦大舶に駕し、数万里を電奔し、駛きこと風飈の如く、大洋を視ること坦路と為す。数万里の外も、直ちに隣境と為る。四面皆海なれば、則ち備へざる所無し。向者の所謂天険なる者は、乃ち今の所謂賊衝なり。而して疆を保ち辺を安んずる者、豈に疇昔の跡を執りて以て今日の勢を論ずることを得んや。
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『新論』守禦利の取りて竭きざる者は海なり。之が舟楫を為り、其の網罟の費を給せば、則ち水戦の用得て寓すべし。是れ利を海に資りて、以て吾が兵を教へ、糧を地に因りて、以て吾が兵を食ましむ。苟も其の人を得て、其の制度を講ぜば、壮強の夫、素練の卒、未だ必ずしも得べからずんばあらず。然れども防海の備は、独り之を防海の卒に責むべからず。兵の用ふべからんことを欲せば、則ち当に其の労佚を均しくすべし。屯戍の卒は、田を耕し海に漁し、暇日には則ち武を講じ、寇至れば先づ闘ふ、豈に労せざらんや。而るに其の城邑に在る者は、飽食煖衣して、驕楽歳を終ふれば、則ち誰か独り防海を楽しまんや。故に士衆を磨励し、兵旅を訓練し、之に習はすに田猟・追胥・行役・土功の労を以てし、独り奢淫の楽を受くるを得ざらしめ、農工商賈をして亦た皆四方に事有るを知り、勤倹して令に趨ること、新たに兵禍を免れたるの日の如くならしめ、防海の卒をして天下の労せざる莫きを知り、臂を攘ひ身を奮ひ、陣に臨みて功を争ふの秋の如くならしめ、然る後に兵得て用ふべきなり。故に堡障の制、保甲の令、屯戍の兵、労佚の用は、皆防海の要務にして、間暇に及びて之を審議せざるべからざるなり。
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