新論 / 守禦
或曰、運用之妙存一心、雖小船亦莫不可用以制勝也、其言固是矣、然此使天下將校悉曉妙處而其長技亦皆出一途則可也、不然則以脆小之船、而當堅實高大之舶、非所以使天下將校悉得制勝、而人之才能、亦各殊所長、將安能保世無長於用巨艦者哉、且自古以小船制巨艦者、多在港嶴狹隘之處、若其在大洋、則如螻蟻付鯨鯢、鰭鬣旋轉、一碾輙沈沒、其張翼相圍、如羊兎之遇巨蟒、頭尾繚繞、一嗑立盡、是皆非勇怯巧拙然殊、而船制使之然、則巨艦之利、其可廢乎、
新字:或曰、運用之妙存一心、雖小船亦莫不可用以制勝也、其言固是矣、然此使天下将校悉暁妙処而其長技亦皆出一途則可也、不然則以脆小之船、而当堅実高大之舶、非所以使天下将校悉得制勝、而人之才能、亦各殊所長、将安能保世無長於用巨艦者哉、且自古以小船制巨艦者、多在港嶴狭隘之処、若其在大洋、則如螻蟻付鯨鯢、鰭鬣旋転、一碾輙沈没、其張翼相囲、如羊兎之遇巨蟒、頭尾繚繞、一嗑立尽、是皆非勇怯巧拙然殊、而船制使之然、則巨艦之利、其可廃乎、
書き下し
或ひと曰く、運用の妙は一心に存す。小船と雖も亦た用ひて以て勝ちを制すべからざる莫し、と。其の言固より是なり。然れども此れ天下の将校をして悉く妙処を暁らしめ、而して其の長技も亦た皆一途に出でしめば則ち可なり。然らずんば則ち脆小の船を以て、堅実高大の舶に当たるは、天下の将校をして悉く勝ちを制するを得しむる所以に非ず。而して人の才能も、亦た各々長ずる所を殊にす。将た安んぞ能く世に巨艦を用ふるに長ずる者無きを保たんや。且つ古より小船を以て巨艦を制する者は、多く港嶴狭隘の処に在り。若し其れ大洋に在らば、則ち螻蟻の鯨鯢に付くが如く、鰭鬣旋転して、一碾すれば輙ち沈没し、其の翼を張りて相囲むは、羊兎の巨蟒に遇ふが如く、頭尾繚繞して、一嗑すれば立ちどころに尽く。是れ皆勇怯巧拙の然く殊なるに非ずして、船制の之をして然らしむるなり。則ち巨艦の利、其れ廃すべけんや。
現代語訳
ある人が言う。「運用の妙は心一つにある。小船であっても、用いて勝ちを制することができないことはない」と。その言葉はもとより正しい。しかしそれは、天下の将校がみなその妙所を悟り、その得意もまたみな一つの道から出ているのであればよい。そうでなければ、もろく小さな船で堅固で高く大きな船に当たるのは、天下の将校にみな勝ちを制させるやり方ではない。そして人の才能もまた、それぞれ得意とするところが異なる。どうして世に巨艦を操るのが得意な者がいないと言い切れようか。そのうえ昔から小船で巨艦を制した例は、多くが港や入り江の狭い所である。もし大洋であれば、蟻が鯨にとりつくようなもので、ひれをひと振りしてひとひねりすればたちまち沈み、翼を広げて囲まれれば、羊や兎が大蛇に出会ったようなもので、頭と尾に巻きつかれ、ひと呑みでたちまち尽きてしまう。これはみな勇気と臆病、巧みさと拙さがそれほど違うからではなく、船の造りがそうさせるのである。それならば巨艦の利を、どうして捨ててよいものか。
解説
この章句が説くこと
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『塩鉄論』刑德篇文學曰く、轡銜は、御の具なり。良工を得て調う。法勢は、治の具なり。賢人を得て化す。轡を執るもの其の人に非ざれば、則ち馬は奔馳す。軸を執るもの其の人に非ざれば、則ち船は覆傷す。昔、吳は宰嚭をして軸を持たしめて其の船を破り、秦は趙高をして轡を執らしめて其の車を覆す。今、仁義の術を廢して、刑名の徒に任ずれば、則ち吳・秦の事を復するなり。夫れ君為る者は三王に法り、相為る者は周公に法り、術を為す者は孔子に法る。此れ百世不易の道なり。韓非は先王を非として遵わず、正令を舍てて從わず、卒に陷阱を蹈み、身は幽囚せられ、秦に客死す。夫れ大道に通ぜずして小辯するは、斯れ以て其の身を害するに足るのみ。
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