新論 / 守禦
利之取而不竭者海也、爲之舟楫、給其網罟之費、則水戰之用可得而寓也、是資利於海、以敎吾兵、因糧於地、以食吾兵、苟得其人、而講其制度、壯強之夫、素練之卒、未必不可得也、然防海之備、不可獨責之防海之卒、欲兵之可用、則當均其勞佚也、屯戍之卒、耕田漁海、暇日則講武、寇至先鬪、豈不勞乎、而其在城邑者、飽食煖衣、驕樂終歳、則誰獨樂於防海也、故磨勵士衆、訓練兵旅、習之以田獵追胥行役土功之勞、不得獨受奢淫之樂、使農工商賈亦皆知四方有事、勤儉趨令、如新免兵禍之日、使防海之卒知天下莫不勞、攘臂奮身、如臨陣爭功之秋、然後兵可得而用也、故堡障之制、保甲之令、屯戍之兵、勞佚之用、皆防海之要務、不可不及間暇而審議之也、
新字:利之取而不竭者海也、為之舟楫、給其網罟之費、則水戦之用可得而寓也、是資利於海、以教吾兵、因糧於地、以食吾兵、苟得其人、而講其制度、壮強之夫、素練之卒、未必不可得也、然防海之備、不可独責之防海之卒、欲兵之可用、則当均其労佚也、屯戍之卒、耕田漁海、暇日則講武、寇至先闘、豈不労乎、而其在城邑者、飽食煖衣、驕楽終歳、則誰独楽於防海也、故磨励士衆、訓練兵旅、習之以田猟追胥行役土功之労、不得独受奢淫之楽、使農工商賈亦皆知四方有事、勤倹趨令、如新免兵禍之日、使防海之卒知天下莫不労、攘臂奮身、如臨陣争功之秋、然後兵可得而用也、故堡障之制、保甲之令、屯戍之兵、労佚之用、皆防海之要務、不可不及間暇而審議之也、
書き下し
利の取りて竭きざる者は海なり。之が舟楫を為り、其の網罟の費を給せば、則ち水戦の用得て寓すべし。是れ利を海に資りて、以て吾が兵を教へ、糧を地に因りて、以て吾が兵を食ましむ。苟も其の人を得て、其の制度を講ぜば、壮強の夫、素練の卒、未だ必ずしも得べからずんばあらず。然れども防海の備は、独り之を防海の卒に責むべからず。兵の用ふべからんことを欲せば、則ち当に其の労佚を均しくすべし。屯戍の卒は、田を耕し海に漁し、暇日には則ち武を講じ、寇至れば先づ闘ふ、豈に労せざらんや。而るに其の城邑に在る者は、飽食煖衣して、驕楽歳を終ふれば、則ち誰か独り防海を楽しまんや。故に士衆を磨励し、兵旅を訓練し、之に習はすに田猟・追胥・行役・土功の労を以てし、独り奢淫の楽を受くるを得ざらしめ、農工商賈をして亦た皆四方に事有るを知り、勤倹して令に趨ること、新たに兵禍を免れたるの日の如くならしめ、防海の卒をして天下の労せざる莫きを知り、臂を攘ひ身を奮ひ、陣に臨みて功を争ふの秋の如くならしめ、然る後に兵得て用ふべきなり。故に堡障の制、保甲の令、屯戍の兵、労佚の用は、皆防海の要務にして、間暇に及びて之を審議せざるべからざるなり。
現代語訳
いくら取っても尽きない利は海である。舟や櫂を造り、網の費用を与えれば、水戦の備えをそこに託すことができる。これは海から利を得て兵を鍛え、食糧はその土地から得て兵を食わせることである。もし適任の者を得て制度を工夫すれば、屈強の者や鍛えられた兵が得られないとは限らない。しかし海防の備えは、海防の兵だけに負わせてはならない。兵を役立つものにしたいなら、その労苦と安楽を均しくしなければならない。駐屯の兵は田を耕し海で漁をし、暇な日には武芸を練り、敵が来れば真っ先に戦う。どうして苦労しないことがあろうか。それなのに城下にいる者は、たらふく食べ暖かく着て、驕り楽しんで一年を終える。それでは誰が一人だけ海防を喜んで務めようか。だから武士たちを鍛え、軍を訓練し、狩りや罪人の追捕、軍役や土木の労苦に慣れさせて、一人だけ贅沢の楽しみを受けることがないようにし、農民・職人・商人にもみな四方に事が起きていることを知らせ、戦禍を免れたばかりの日のように勤倹して命令に従わせ、海防の兵には天下に苦労していない者はいないことを知らせて、腕まくりして奮い立ち、戦陣に臨んで手柄を争う時のようにさせる。そうしてはじめて兵を用いることができる。だから砦の制度、保甲の命令、駐屯の兵、労苦と安楽の配分は、みな海防の要務であり、暇のあるうちによく審議しなければならない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
尉繚子・將理凡そ将は理官なり、万物の主なり、一人に私せず。
-
論語・先進篇顔淵死す。顔路、子の車を請いて以て之が槨を為らんとす。子曰く、「才も不才も、亦た各々其の子と言うなり。鯉や死せるとき、棺有りて槨無し。吾徒行して以て之が槨を為らず。吾大夫の後に従うを以て、徒行す可からざるなり。」
-
老子・第5章天地は不仁、万物を以て芻狗と為す。聖人は不仁、百姓を以て芻狗と為す。天地の間は、其れ猶お橐籥のごときか。虚しくして屈きず、動きて愈々出づ。多言なれば数々窮す、中を守るに如かず。
-
尚書・周官公を以て私を滅すれば、民其れ允に懷かん。
-
論語・季氏篇陳亢、伯魚に問いて曰く、「子も亦た異聞有りや。」対えて曰く、「未だし。嘗て独り立てり。鯉趨りて庭を過ぐ。曰く、『詩を学びたるか。』対えて曰く、『未だし。』『詩を学ばずんば、以て言うこと無し。』鯉退きて詩を学ぶ。他日、又独り立てり。鯉趨りて庭を過ぐ。曰く、『礼を学びたるか。』対えて曰く、『未だし。』『礼を学ばずんば、以て立つこと無し。』鯉退きて礼を学ぶ。斯の二者を聞けり。」陳亢退きて喜びて曰く、「一を問いて三を得たり。詩を聞き、礼を聞き、又君子の其の子を遠ざくるを聞けり。」
-
『武士道』第十六章 武士道の命脈・武士道の日は既に数えられたり彼等は公平を欲せず、自家の賛誉を博すべきものと、他宗教の形式の誹毀すべきものとを打算計量するを以て其喜びとす、と。されど個々人々の犯せる過誤の如何に関せず、彼等の信ずる基督教の真髄は、吾人が武士道の将来を観察するに当りて、必ずや考究せざるべからざる一大勢力あり。武士道の日は既に数へられたり。視よ、凶兆天に懸りて其未来を指示す。ただに兆証あるのみならず、又た強大なる諸多の勢力の、之れが威圧転覆に黽むるあり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る