新論 / 守禦
弘安之於蒙古、文禄之於朝鮮、其或失利者、不在陸戰而多在水軍、是其將士非不勇也、而所困者船制低小、不能以抗巨艦大舶耳、〈明屠仲律云、倭長於陸戰、短於水鬪、以船不敵而火器不備也、兪大猷以水戰爲禦倭之急務、請修備巨船尤力、戚繼光亦云、福船高大如城、倭舟矮小、故福船乘風下壓、如車碾蟷蜋、鬪船力而不鬪人力、是以毎毎取勝、設使倭船亦如福船、則吾未見其必濟之策也、此亦可以證水戰之利害在船制之得失也、〉
新字:弘安之於蒙古、文禄之於朝鮮、其或失利者、不在陸戦而多在水軍、是其将士非不勇也、而所困者船制低小、不能以抗巨艦大舶耳、〈明屠仲律云、倭長於陸戦、短於水闘、以船不敵而火器不備也、兪大猷以水戦為禦倭之急務、請修備巨船尤力、戚継光亦云、福船高大如城、倭舟矮小、故福船乗風下圧、如車碾蟷蜋、闘船力而不闘人力、是以毎毎取勝、設使倭船亦如福船、則吾未見其必済之策也、此亦可以証水戦之利害在船制之得失也、〉
書き下し
弘安の蒙古に於ける、文禄の朝鮮に於ける、其の或は利を失ふ者は、陸戦に在らずして多く水軍に在り。是れ其の将士の勇ならざるに非ず。而して困しむ所の者は、船制低小にして、以て巨艦大舶に抗する能はざるのみ。(明の屠仲律云ふ、倭は陸戦に長じ、水闘に短なり。船敵せずして火器備はらざるを以てなり、と。兪大猷は水戦を以て禦倭の急務と為し、巨船を修備せんことを請ふこと尤も力む。戚継光も亦た云ふ、福船は高大なること城の如く、倭舟は矮小なり。故に福船風に乗じて下圧すれば、車の蟷螂を碾くが如し。船力を闘はして人力を闘はさず。是を以て毎毎勝ちを取る。設使倭船も亦た福船の如くならば、則ち吾未だ其の必ず済すの策を見ざるなり、と。此れ亦た以て水戦の利害は船制の得失に在ることを証すべきなり。)
現代語訳
弘安の役で蒙古に対したとき、文禄の役で朝鮮に対したとき、ときに不利を被ったのは、陸戦ではなく多くは水軍においてであった。これはその将兵が勇敢でなかったからではない。苦しんだのは、船の造りが低く小さく、巨大な船に対抗できなかったからにすぎない。(明の屠仲律は「倭(日本)は陸戦に長じ、水上の戦いに弱い。船がかなわず、火器が備わっていないからである」と言っている。兪大猷は水戦を倭寇を防ぐ急務とし、巨船を整え備えることを特に強く求めた。戚継光もまた「福船(福建の大型船)は城のように高く大きく、倭の舟は低く小さい。だから福船が風に乗って上から押しつぶせば、車が蟷螂をひき潰すようなものである。船の力で戦わせ、人の力で戦わせない。それでいつも勝ちを得る。もし倭の船も福船のようであったなら、私には必ず成功する策は見当たらない」と言っている。これもまた、水戦の利害が船の造りの良し悪しにあることを証明するものである。)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
史記 循吏列伝楚の民の俗庳車を好む、王以為へらく庳車は馬に便ならずと、令を下して之を高くせしめんと欲す。相曰く、「令数々下れば、民従ふ所を知らず、不可なり。王必ず車を高くせんと欲せば、臣請ふ閭里に教へて其の梱を高くせしめん。車に乗る者は皆君子なり、君子は数々車を下ること能はず」と。王之を許す。居ること半歳にして、民悉く自ら其の車を高くす。此れ教へずして民其の化に従ひ、近き者は視て之に效ひ、遠き者は四面より望みて之に法るなり。
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「離婁の明、公輸子の巧も、規矩を以てせざれば、方員を成すこと能わず。師曠の聰も、六律を以てせざれば、五音を正すこと能わず。堯舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治すること能わず。今、仁心仁聞有りて、而も民其の澤を被らず、後世に法る可からざる者は、先王の道を行わざればなり。故に曰く、『徒善は以て政を為すに足らず、徒法は以て自ら行わるること能わず。』詩に云う、『愆らず忘れず、舊章に率い由る。』先王の法に遵いて過つ者は、未だ之れ有らざるなり。聖人既に目の力を竭くし、之に繼に規矩準繩を以てす。以て方員平直を為すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に耳力を竭くし、之に繼ぐに六律を以てす。五音を正すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に心思を竭くし、之に繼ぐに人に忍びざるの政をを以てす。而うして仁天下を覆う。故に曰く、『高きを為すには、必ず丘陵に因り、下きを為すには、必ず川澤に因る。』政を為すに、先王の道に因らずんば、智と謂う可けんや。是を以て惟だ仁者のみ宜しく高位に在るべし。不仁にして高位に在るは、是れ其の惡を衆に播するなり。上に道揆無く、下に法守無く、朝は道を信ぜず、工は度を信ぜず、君子は義を犯し、小人は刑を犯して、國の存する所の者は幸いなり。故に曰く、『城郭完からず、兵甲多からざるは、國の災いに非ざるなり。田野辟けず、貨財聚まらざるは、國の害に非ざるなり。』上、禮無く、下、學無ければ、賊民興り、喪ぶること日無けん。詩に曰く、『天の方に蹶(くつがえす)えさんとする、然く泄泄すること無かれ。』泄泄とは、猶ほ沓沓のごときなり。君に事えて義無く、進退禮無く、言えば則ち先王の道を非る者は、猶ほ沓沓のごときなり。故に曰く、『難きを君に責む、之を恭と謂う。善を陳べ邪を閉づる、之を敬と謂う。吾が君能わずとす、之を賊と謂う。』」
-
李衛公問対・卷上制有るの兵は、能無きの将なるも、敗る可からざるなり。制無きの兵は、能有るの将なるも、勝つ可からざるなり。
-
孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
-
『韓非子』定法第四十三君術無ければ則ち上に弊われ、臣法無ければ則ち下に亂る。此れ一も無かる可からず、皆な帝王の具なり。
-
孫子・勢篇勢に任ずる者は、其の人を戦わしむるや、木石を転ずるが如し。木石の性は、安ければ則ち静かに、危ければ則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行く。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る