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新論 / 守禦

或曰、水戰者虜之長技、非我所恃以制虜、必致之陸地、然後可戰也、其言固是矣、然虜亦習戰、不敢妄自捨長技而與人角其所短、則彼將停泊洋中妨害運輸以伺可乘之間、熟視虚實之處、風至電去、邀之無方、逐之無蹤、是虜外無所忌、内有所恃、東聲西擾、安坐制人、而我兵寸板不能下海、徒手奔走陸地、自取罷勞、縱虜眼前、不能發一矢、倉皇狼狽、致於人之不遑、何以能坐致敵於陸地也、且戰勝在氣、内有恃、而外無忌、則士卒膽氣自倍、若使我技有不與彼抗者、則未戰而氣先阻、猶何能從容挫虜氣於撃刺馳突之表乎、

新字:或曰、水戦者虜之長技、非我所恃以制虜、必致之陸地、然後可戦也、其言固是矣、然虜亦習戦、不敢妄自捨長技而与人角其所短、則彼将停泊洋中妨害運輸以伺可乗之間、熟視虚実之処、風至電去、邀之無方、逐之無蹤、是虜外無所忌、内有所恃、東声西擾、安坐制人、而我兵寸板不能下海、徒手奔走陸地、自取罷労、縦虜眼前、不能発一矢、倉皇狼狽、致於人之不遑、何以能坐致敵於陸地也、且戦勝在気、内有恃、而外無忌、則士卒胆気自倍、若使我技有不与彼抗者、則未戦而気先阻、猶何能従容挫虜気於撃刺馳突之表乎、

書き下し

或ひと曰く、水戦は虜の長技にして、我の恃みて以て虜を制する所に非ず。必ず之を陸地に致して、然る後に戦ふべし、と。其の言固より是なり。然れども虜も亦た戦に習へば、敢へて妄りに自ら長技を捨てて人と其の短なる所を角せず。則ち彼将に洋中に停泊し、運輸を妨害して以て乗ずべきの間を伺ひ、虚実の処を熟視し、風のごとく至り電のごとく去り、之を邀ふるに方無く、之を逐ふに蹤無からんとす。是れ虜は外に忌む所無く、内に恃む所有り、東に声して西に擾し、安坐して人を制す。而るに我が兵は寸板も海に下す能はず、徒手にて陸地を奔走し、自ら罷労を取り、虜を眼前に縦ちて、一矢をも発する能はず、倉皇狼狽して、人に致されて遑あらず。何を以てか能く坐して敵を陸地に致さんや。且つ戦勝は気に在り。内に恃む有りて、外に忌む無ければ、則ち士卒の胆気自ら倍す。若し我が技をして彼と抗せざる者有らしめば、則ち未だ戦はずして気先づ阻む。猶ほ何ぞ能く従容として虜の気を撃刺馳突の表に挫かんや。

現代語訳

ある人が言う。「水戦は外夷の得意とする技で、わが方が頼みとして外夷を制するものではない。必ず陸地におびき寄せてから戦うべきだ」と。その言葉はもとより正しい。しかし外夷もまた戦に慣れているから、むやみに自分の得意を捨てて、相手と自分の不得手なところで競うことはしない。そうなれば彼らは沖に停泊し、海上輸送を妨げて付け入る隙をうかがい、手薄なところと堅いところをじっくり見て、風のようにやって来て稲妻のように去り、迎え撃とうにも方角がわからず、追おうにも足跡がない。これは外夷が外に恐れるものがなく、内に頼むところがあって、東で声を上げて西をかき乱し、居ながらにして人を制するということである。それなのにわが兵は板一枚も海に下ろせず、素手で陸地を走り回って自ら疲れ果て、敵を目の前にしながら一本の矢も放てず、あわてふためいて、相手に振り回されて休む暇もない。どうして居ながらにして敵を陸地におびき寄せられようか。そのうえ戦の勝ちは気力にある。内に頼むところがあり、外に恐れるものがなければ、兵士の胆力はおのずと倍になる。もしわが技に相手と対抗できないものがあれば、戦う前に気力が先にくじける。それでどうして落ち着いて、斬り合い駆け合う場で敵の気力をくじくことができようか。

解説

敵の長所である海戦を避け、陸に誘い込んで戦えという論に、正志斎は理を認めつつ反論する。相手も愚かではないから得意な海を離れず、沖から輸送を妨げ、神出鬼没に攻めてくる。さらに勝敗は気にあり、対抗できる技が一つでも欠ければ戦う前に気が挫けると説く。現代の競争でも、相手の得意分野を避けるのは正しいが、そこに全く手段を持たなければ、相手の土俵で一方的に揺さぶられる。最低限の対抗力を持つことが、自分の土俵に引き込む前提になるという指摘である。

この章句が説くこと

水戦主導権士気戦略海防長技

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