新論 / 守禦
故用小船以摧巨艦者、一時戰略、在主將方寸、可付之其人、而非所以畫防海規制也、且如鳥銃、原西夷所製、及 中國採而用之、其制之精更倍之、明人畏之、號爲倭銃、其不稱番銃而稱倭銃、亦可以見我民之巧、則如船制、亦善取於彼以爲己之用、製造之精、何獨在於他人之後哉、〈鄂羅汗伯得勒者、嘗微服爲船匠、間行到荷蘭、習造大舶、鄂羅善用大舶、精航海之術、蓋是爲始、實元祿年間之事云、夷虜用心、猶尚如之、況 中國而反自棄不爲乎、〉故曰、用巨艦以壯軍容、使士卒有所恃而不懾、虜有所忌而不敢肆、此水兵之宜急者也、故水操之法、巨艦之制、皆海國之先務、不可不及間暇而審議之也、
新字:故用小船以摧巨艦者、一時戦略、在主将方寸、可付之其人、而非所以画防海規制也、且如鳥銃、原西夷所製、及 中国採而用之、其制之精更倍之、明人畏之、号為倭銃、其不称番銃而称倭銃、亦可以見我民之巧、則如船制、亦善取於彼以為己之用、製造之精、何独在於他人之後哉、〈鄂羅汗伯得勒者、嘗微服為船匠、間行到荷蘭、習造大舶、鄂羅善用大舶、精航海之術、蓋是為始、実元禄年間之事云、夷虜用心、猶尚如之、況 中国而反自棄不為乎、〉故曰、用巨艦以壮軍容、使士卒有所恃而不懾、虜有所忌而不敢肆、此水兵之宜急者也、故水操之法、巨艦之制、皆海国之先務、不可不及間暇而審議之也、
書き下し
故に小船を用ゐて以て巨艦を摧く者は、一時の戦略にして、主将の方寸に在り、之を其の人に付すべし、而して防海の規制を画する所以に非ざるなり。且つ鳥銃の如きは、原西夷の製する所なるも、中国採りて之を用ゐるに及び、其の制の精なること更に之に倍す。明人之を畏れ、号して倭銃と為す。其の番銃と称せずして倭銃と称するは、亦以て我が民の巧を見るべし。則ち船制の如きも、亦善く彼に取りて以て己の用と為さば、製造の精、何ぞ独り他人の後に在らんや。(鄂羅の汗伯得勒なる者、嘗て微服して船匠と為り、間行して荷蘭に到り、大舶を造ることを習ふ。鄂羅の善く大舶を用ゐ、航海の術に精しきは、蓋し是を始めと為す。実に元禄年間の事と云ふ。夷虜の心を用ゐること、猶尚ほ之くの如し。況んや中国にして反つて自ら棄てて為さざらんや。)故に曰く、巨艦を用ゐて以て軍容を壮んにし、士卒をして恃む所有りて懾れざらしめ、虜をして忌む所有りて敢へて肆にせざらしむ、此れ水兵の宜しく急ぐべき者なりと。故に水操の法、巨艦の制は、皆海国の先務にして、間暇に及びて之を審議せざるべからざるなり。
現代語訳
だから小船で巨艦を打ち砕くようなことは、その場かぎりの戦略であって主将の胸三寸にあり、ふさわしい人物に任せればよいことで、海防の制度を立てる手立てではない。また鳥銃(火縄銃)などは、もともと西洋の夷人が作ったものだが、わが国が取り入れて用いるようになると、その作りの精巧さは元の倍にもなった。明の人々はこれを恐れ、「倭銃」と呼んだ。外国の銃という意味の「番銃」と呼ばずに「倭銃」と呼んだことにも、わが民の巧みさが見て取れる。それならば船の造りについても、よく彼らから取り入れて自分の用に立てれば、製造の精巧さでどうして他国に後れを取ることがあろうか。(ロシアの皇帝ピョートル(汗伯得勒)は、かつて身分を隠して船大工となり、ひそかにオランダへ行って大船の造り方を学んだ。ロシアが大船をよく用い、航海術に通じるようになったのは、おそらくこれが始まりである。実に元禄年間のことだという。夷狄でさえこのように心を用いている。ましてわが国が、かえって自らあきらめて何もしないでよいものか。)だからこう言うのである。巨艦を用いて軍の威容を盛んにし、兵士には頼るものがあって恐れないようにさせ、敵には憚るものがあって好き勝手にさせないようにする、これこそ水軍について急ぐべきことである、と。ゆえに水上の操練の法と巨艦の制度とは、どれも海に囲まれた国の第一の務めであり、平穏で暇のあるうちに詳しく議論しておかねばならない。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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