新論 / 守禦
〈淸人自謂我朝驛逓之設最善、西邊五千餘里、九日可到、荊州西安五日可到、呉三桂反、及聞驛報神速機謀深遠、乃仰天歎曰、休矣、未可與爭也、又謂宋時設急脚逓、金置急脚舗、並日行三百里、自古郵傳無至五百里以上者、固由俗狃便安不習馳驟、亦在上者立法未善也、國家制度、超越于古、羽檄飛馳、驛逓六百里至六百里以上、絶域所至指授機宜、不爽晷刻、據此則驛逓之遲速、亦在立制之善否可以見也、〉慶元以來、海禁極嚴、而至近時、虜復漸潛誘邊氓、故蠢蚩隱欺之蔽、狡黠接濟之姦、發之甚難、自非保任連及備得其制、廉問司察悉得其人、恐難以審邊海事情、故墩臺之設、驛逓之法、破蒙蔽發隱匿之術、皆事之關斥候者、不可不及間暇而審議之也、
新字:〈清人自謂我朝駅逓之設最善、西辺五千余里、九日可到、荊州西安五日可到、呉三桂反、及聞駅報神速機謀深遠、乃仰天嘆曰、休矣、未可与争也、又謂宋時設急脚逓、金置急脚舗、並日行三百里、自古郵伝無至五百里以上者、固由俗狃便安不習馳驟、亦在上者立法未善也、国家制度、超越于古、羽檄飛馳、駅逓六百里至六百里以上、絶域所至指授機宜、不爽晷刻、拠此則駅逓之遅速、亦在立制之善否可以見也、〉慶元以来、海禁極厳、而至近時、虜復漸潜誘辺氓、故蠢蚩隠欺之蔽、狡黠接済之姦、発之甚難、自非保任連及備得其制、廉問司察悉得其人、恐難以審辺海事情、故墩台之設、駅逓之法、破蒙蔽発隠匿之術、皆事之関斥候者、不可不及間暇而審議之也、
書き下し
(清人自ら謂ふ、我が朝の駅逓の設けは最も善し。西辺五千余里、九日にして到るべく、荊州・西安は五日にして到るべし。呉三桂反し、駅報の神速、機謀の深遠を聞くに及び、乃ち天を仰ぎて歎じて曰く、休みぬ、未だ与に争ふべからざるなり、と。又謂ふ、宋の時急脚逓を設け、金は急脚舗を置き、並びに日に三百里を行く。古より郵伝の五百里以上に至る者無きは、固より俗の便安に狃れて馳驟に習はざるに由るも、亦た上に在る者の法を立つること未だ善からざるに在るなり。国家の制度は、古を超越し、羽檄飛馳して、駅逓六百里より六百里以上に至り、絶域の至る所に機宜を指授して、晷刻を爽はず、と。此に拠れば則ち駅逓の遅速も、亦た制を立つるの善否に在ること見るべきなり。)慶元以来、海禁極めて厳なり。而るに近時に至りて、虜復た漸く辺氓を潜誘す。故に蠢蚩隠欺の蔽、狡黠接済の姦、之を発くこと甚だ難し。保任連及其の制を備へ得、廉問司察悉く其の人を得るに非ざるよりは、恐らくは以て辺海の事情を審らかにし難し。故に墩台の設け、駅逓の法、蒙蔽を破り隠匿を発くの術は、皆事の斥候に関はる者にして、間暇に及びて之を審議せざるべからざるなり。
現代語訳
(清の人は自ら「わが朝の駅逓の制度は最もすぐれている。西の辺境五千余里も九日で届き、荊州や西安には五日で届く。呉三桂が反乱を起こしたが、駅報の神速さと謀略の深さを聞くに及んで、天を仰いで嘆いて『もうおしまいだ、とても争うことはできない』と言った」と言っている。また「宋の時代には急脚逓を設け、金は急脚舗を置いたが、どちらも一日に三百里を行くものだった。昔から郵便の伝達が五百里以上に達したことがないのは、もとより世の中が安楽に慣れて馬を駆けさせることに習熟していないためでもあるが、上に立つ者の法の立て方がまだよくないことにもよる。わが国家の制度は昔を超えており、急ぎの檄文が飛ぶように走り、駅逓は一日六百里、あるいはそれ以上に達し、遠く隔たった地にも機に応じた指示を与えて、時刻を違えない」とも言っている。これによれば、駅逓の遅い速いも、制度の立て方の良し悪しにかかっていることがわかる。)慶長・元和以来、海禁はきわめて厳しかった。ところが近ごろになって、外夷がまたしだいに辺境の民をひそかに誘うようになった。だから愚かな者が隠し欺く弊害や、ずる賢い者が外夷に物資を融通する悪事を、暴き出すのはたいへん難しい。互いに保証し連帯して責任を負う制度を備え、内偵や監察にことごとく適任者を得るのでなければ、辺境の海の事情を明らかにするのは難しいだろう。だから、のろし台の設置、駅逓の法、覆い隠しを破り隠し事を暴く術は、みな斥候に関わることであり、暇のあるうちによく審議しなければならない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚同下子墨子言いて曰く、「知者の事は、必ず國家百姓の治まる所以の者を計りて之を為し、必ず國家百姓の亂るる所以の者を計りて之を辟く。然らば國家百姓の治まる所以の者を計るに何ぞや。上の政を為すや、下の情を得れば則ち治まり、下の情を得ざれば則ち亂る。何を以て其の然るを知るや。上の政を為すや、下の情を得れば、則ち是れ民の善非に明らかなり。茍くも民の善非に明らかなるが若くんば、則ち善人を得て之を賞し、暴人を得て之を罰するなり。善人賞せられて暴人罰せらるれば、則ち國必ず治まる。上の政を為すや、下の情を得ざれば、則ち是れ民の善非に明らかならず。若し茍くも民の善非に明らかならずんば、則ち是れ善人を得て之を賞せず、暴人を得て之を罰せず。善人賞せられずして暴人罰せられず、政を為すこと此くの若くんば、國衆必ず亂る。故に賞は下の情を得ざれば、而ち察せざる可からざる者なり」と。
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『墨子』尚同中故に古者、聖王は唯だ壹に尚同を以て正長と為す。是れ上下、請謁して通を為す。上に隠事遺利有れば、下、得て之を利し、下に蓄怨積害有れば、上、得て之を除く。是を以て數千萬里の外に善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、鄉里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を賞す。數千萬里の外に不善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、郷里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を罰す。是を以て天下の人を舉げて皆な恐懼振動惕慄して、敢えて淫暴を為さず、曰く、「天子の視聴や神なり」と。先王の言に曰く、「神に非ざるなり。夫れ唯だ能く人の耳目をして己が視聴を助けしめ、人の吻をして己が言談を助けしめ、人の心をして己が思慮を助けしめ、人の股肱をして己が動作を助けしむればなり」と。之を視聴するを助くる者衆ければ、則ち其の聞見する所の者は逺し。之を言談するを助くる者衆ければ、則ち其の徳音の撫循する所の者は博し。之を思慮するを助くる者衆ければ、則ち其の謀慮は速やかに得らる。之を動作するを助くる者衆ければ、則ち其の事を舉ぐること速やかに成る。
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孫子・用間篇相守ること数年、以て一日の勝を争う。而るに爵禄百金を愛しみて、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。人の将に非ざるなり、主の佐に非ざるなり、勝の主に非ざるなり。
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孫子・用間篇先知は、鬼神に取るべからず、事に象るべからず、度に験すべからず、必ず人に取り、敵の情を知る者なり。
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『墨子』尚同下是の故に古の聖王の天下を治むるや、千里の外に賢人有り、其の鄉里の人、皆な未だ之を均しく聞き見ざるに、聖王、得て之を賞す。千里の外に暴人有り、其の鄉里、未だ之を均しく見ざるに、聖王、得て之を罰す。故に唯だ聖王を以て耳聡く目明らかなりと為す毋からんや。豈に能く一たび視て千里の外を通見せんや、一たび聴きて千里の外を通聞せんや。聖王は往きて視るにあらざるなり、就きて聴くにあらざるなり。然れども天下の冦亂盜賊を為す者をして、天下を周流するも足を重ぬる所無からしむるは、何ぞや。其の尚同を以て政を為すこと善ければなり。
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