新論 / 守禦
〈授田佃之、一夫除五六石之地税、亦足以給兵役、今諸國其制或有如此者、如給以俸米、則非五六石之税所能給、五石之入以公四民六率之、所得不過二石、無田而食二石米、其不能給一家終歳之衣糧、固亡論已、故二石之米、不足以給兵、五石之田、可以養卒、田與米之差如之、〉如此者、皆議者之所困也、今因民之所利、而設之制、則其費可省、而民可收焉、田之廢者、必税重而地薄者也、地之空間者、必土瘠而少利者也、二者雖要衝區所不多有、而濱海地亦未不往往有之、使兵卒就而佃之、税重者或除其税、少利者或授之田器及他什器、如其土民應募入伍者、就其田量畝除其租、如是則屯田之意可用也、
新字:〈授田佃之、一夫除五六石之地税、亦足以給兵役、今諸国其制或有如此者、如給以俸米、則非五六石之税所能給、五石之入以公四民六率之、所得不過二石、無田而食二石米、其不能給一家終歳之衣糧、固亡論已、故二石之米、不足以給兵、五石之田、可以養卒、田与米之差如之、〉如此者、皆議者之所困也、今因民之所利、而設之制、則其費可省、而民可収焉、田之廃者、必税重而地薄者也、地之空間者、必土瘠而少利者也、二者雖要衝区所不多有、而浜海地亦未不往往有之、使兵卒就而佃之、税重者或除其税、少利者或授之田器及他什器、如其土民応募入伍者、就其田量畝除其租、如是則屯田之意可用也、
書き下し
(田を授けて之を佃せしむれば、一夫五六石の地税を除けば、亦た以て兵役を給するに足る。今諸国其の制或は此の如き者有り。如し給するに俸米を以てすれば、則ち五六石の税の能く給する所に非ず。五石の入、公四民六を以て之を率すれば、得る所は二石に過ぎず。田無くして二石の米を食めば、其の一家終歳の衣糧を給する能はざること、固より論亡きのみ。故に二石の米は、以て兵に給するに足らず、五石の田は、以て卒を養ふべし。田と米との差、之の如し。)此の如き者は、皆議者の困しむ所なり。今民の利とする所に因りて、之が制を設くれば、則ち其の費省くべくして、民収むべし。田の廃する者は、必ず税重くして地薄き者なり。地の空間なる者は、必ず土瘠せて利少なき者なり。二者要衝の区には多く有らざる所と雖も、浜海の地にも亦た往往之有らずんばあらず。兵卒をして就きて之を佃せしめ、税重き者は或は其の税を除き、利少なき者は或は之に田器及び他の什器を授け、其の土民の募に応じて伍に入る者の如きは、其の田に就きて畝を量りて其の租を除く。是の如くなれば則ち屯田の意用ふべきなり。
現代語訳
(田を与えて耕させれば、一人につき五、六石分の土地の税を免除するだけで、兵役をまかなうのに足りる。今、諸国にはそのような制度をとっている所もある。もし俸米で支給するなら、五、六石の税でまかなえるものではない。五石の収穫を、公に四、民に六の割合で分ければ、得られるのは二石にすぎない。田を持たずに二石の米で暮らせば、一家一年の衣食をまかなえないことは、もとより論ずるまでもない。だから二石の米では兵をまかなうに足りず、五石の田なら兵を養うことができる。田と米との差はこのとおりである。)こうしたことは、みな論者が頭を悩ませる点である。今、民が利とするところに沿って制度を設ければ、費用は省けて、民も取り込むことができる。耕作が放棄された田は、必ず税が重く土地がやせたものである。空き地となっている所は、必ず土がやせて利の少ないものである。この二つは要衝の地には多くないが、海沿いの地にもしばしばないわけではない。兵士をそこに行かせて耕させ、税の重いものはその税を免除し、利の少ないものには農具やその他の道具を与え、地元の民で募集に応じて隊伍に入る者には、その田について面積を量って年貢を免除する。このようにすれば、屯田の趣旨を生かすことができる。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』非攻中是の故に子墨子曰く、「古者、語有り、『謀りて得ざれば、則ち往を以て來を知り、見を以て隠を知る』と。謀ること此くの若くんば、得て知る可し。今、師徒、唯だ興起する毋くんばあらず。冬に行けば寒を恐れ、夏に行けば暑を恐る。此れ冬夏を以て為す可からざる者なり。春は則ち民の耕稼樹藝を廢し、秋は則ち民の穫斂を廢す。今、唯だ一時を廢する毋くんばあらざれば、則ち百姓の饑寒凍餒して死する者、勝げて數う可からず。今、嘗みに軍士の竹箭・羽旄・幄幕、甲盾・撥劫の、往きて靡弊腐冷して反らざる者を計るに、勝げて數う可からず。矛㦸・戈劍・乗車の、其の列住碎折靡弊して反らざる者と、勝げて數う可からず。其の馬牛の肥えて往き、瘠せて反り、往きて死亡して反らざる者と、勝げて數う可からず。其の涂道の脩逺にして、糧食輟絶して繼がず、百姓の死する者と、勝げて數う可からざるなり。其の居處の安からず、食飯の時ならず、饑飽の節ならずして、百姓の道に疾病して死する者と、勝げて數う可からず。師を喪うこと多くして勝げて數う可からず、師を喪うこと盡きて勝げて計う可からざれば、則ち是れ鬼神の其の主后を喪うことも、亦た勝げて數う可からず」と。
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『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・日本の財貨を外国へ棄つることなりただ、今の学者の成業を待ち、この学者をして自国の用を便ぜしむるのほか、さらに手段あるべからず。すなわちこれ学者の身に引き受けたる職分なれば、その責め急なりと言うべし。今わが国内に雇い入れたる外国人は、わが学者未熟なるがゆえにしばらくその名代を勤めしむるものなり。今わが国内に外国の器品を買い入るるは、わが国の工業拙なるがゆえにしばらく銭と交易して用を便ずるものなり。この人を雇いこの品を買うがために金を費やすは、わが学術のいまだ彼に及ばざるがために日本の財貨を外国へ棄つることなり。国のためには惜しむべし。学者の身となりては慚ずべし。かつ人として前途の望みなかるべからず、望みあらざれば世に事を勉むる者なし。明日の幸を望んで今日の不幸をも慰むべし。来年の楽を望んで今年の苦をも忍ぶべし。昔日は世の事物みな旧格に制せられて有志の士といえども望みを養うべき目的なかりしが、今や然らず、この制限を一掃せしより後は、あたかも学者のために新世界を開きしがごとく、天下ところとして事をなすの地位あらざるはなし。
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