塩鉄論 / 散不足篇
「宮室奢侈、林木之蠹也。器械雕琢、財用之蠹也。衣服靡麗、布帛之蠹也。狗馬食人之食、五穀之蠹也。口腹從恣、魚肉之蠹也。用費不節、府庫之蠹也。漏積不禁、田野之蠹也。喪祭無度、傷生之蠹也。墮成變故傷功、工商上通傷農。故一杯棬用百人之力、一屏風就萬人之功、其為害亦多矣!目修於五色、耳營於五音、體極輕薄、口極甘脆、功積於無用、財盡於不急、口腹不可為多。故國病聚不足即政怠、人病聚不足則身危。」丞相曰:「治聚不足奈何?」
新字:「宮室奢侈、林木之蠹也。器械雕琢、財用之蠹也。衣服靡麗、布帛之蠹也。狗馬食人之食、五穀之蠹也。口腹従恣、魚肉之蠹也。用費不節、府庫之蠹也。漏積不禁、田野之蠹也。喪祭無度、傷生之蠹也。堕成変故傷功、工商上通傷農。故一杯棬用百人之力、一屏風就万人之功、其為害亦多矣!目修於五色、耳営於五音、体極軽薄、口極甘脆、功積於無用、財尽於不急、口腹不可為多。故国病聚不足即政怠、人病聚不足則身危。」丞相曰:「治聚不足奈何?」
書き下し
宮室の奢侈は、林木の蠹なり。器械の雕琢は、財用の蠹なり。衣服の靡麗は、布帛の蠹なり。狗馬の人の食を食うは、五穀の蠹なり。口腹の恣に從うは、魚肉の蠹なり。用費の節ならざるは、府庫の蠹なり。漏積の禁ぜざるは、田野の蠹なり。喪祭の度無きは、生を傷るの蠹なり。成を墮し故を變ずるは功を傷り、工商上に通ずるは農を傷る。故に一杯棬は百人の力を用い、一屏風は萬人の功に就る、其の害を為すこと亦た多し。目は五色に修まり、耳は五音に營み、體は輕薄を極め、口は甘脆を極む、功は無用に積み、財は不急に盡く、口腹は多しと為すべからず。故に國は聚不足に病めば即ち政怠り、人は聚不足に病めば則ち身危うし。/丞相曰く、聚不足を治むるは奈何、と。
現代語訳
宮室の奢りは、林の木を食う虫である。器物の彫刻は、財を食う虫である。衣服の華美は、布を食う虫である。犬馬が人の食べ物を食うのは、五穀を食う虫である。口と腹の欲しいままは、魚肉を食う虫である。費用に節度がないのは、国庫を食う虫である。漏れと溜め込みを禁じないのは、田野を食う虫である。葬祭に限度がないのは、生きている者を傷つける虫である。出来上がったものを壊し慣例を変えるのは功を損ない、工商が上と通じるのは農を損なう。だから杯ひとつに百人の力が費やされ、屏風ひとつに万人の労が費やされる。その害もまた大きい。目は五色に慣らされ、耳は五音に囚われ、体は軽く薄いものを極め、口は甘く柔らかいものを極める。功は役に立たないものに積まれ、財は急ぎでないものに尽きる。口と腹は、多ければよいというものではない。だから国が「積もり積もって足りない」病にかかれば政は怠り、人がこの病にかかれば身が危うくなる。/丞相が言った。「では、この積もり積もって足りない状態を治すには、どうすればよいのか」
解説
この章句が説くこと
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『新論』守禦(田を授けて之を佃せしむれば、一夫五六石の地税を除けば、亦た以て兵役を給するに足る。今諸国其の制或は此の如き者有り。如し給するに俸米を以てすれば、則ち五六石の税の能く給する所に非ず。五石の入、公四民六を以て之を率すれば、得る所は二石に過ぎず。田無くして二石の米を食めば、其の一家終歳の衣糧を給する能はざること、固より論亡きのみ。故に二石の米は、以て兵に給するに足らず、五石の田は、以て卒を養ふべし。田と米との差、之の如し。)此の如き者は、皆議者の困しむ所なり。今民の利とする所に因りて、之が制を設くれば、則ち其の費省くべくして、民収むべし。田の廃する者は、必ず税重くして地薄き者なり。地の空間なる者は、必ず土瘠せて利少なき者なり。二者要衝の区には多く有らざる所と雖も、浜海の地にも亦た往往之有らずんばあらず。兵卒をして就きて之を佃せしめ、税重き者は或は其の税を除き、利少なき者は或は之に田器及び他の什器を授け、其の土民の募に応じて伍に入る者の如きは、其の田に就きて畝を量りて其の租を除く。是の如くなれば則ち屯田の意用ふべきなり。
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『墨子』非攻中是の故に子墨子曰く、「古者、語有り、『謀りて得ざれば、則ち往を以て來を知り、見を以て隠を知る』と。謀ること此くの若くんば、得て知る可し。今、師徒、唯だ興起する毋くんばあらず。冬に行けば寒を恐れ、夏に行けば暑を恐る。此れ冬夏を以て為す可からざる者なり。春は則ち民の耕稼樹藝を廢し、秋は則ち民の穫斂を廢す。今、唯だ一時を廢する毋くんばあらざれば、則ち百姓の饑寒凍餒して死する者、勝げて數う可からず。今、嘗みに軍士の竹箭・羽旄・幄幕、甲盾・撥劫の、往きて靡弊腐冷して反らざる者を計るに、勝げて數う可からず。矛㦸・戈劍・乗車の、其の列住碎折靡弊して反らざる者と、勝げて數う可からず。其の馬牛の肥えて往き、瘠せて反り、往きて死亡して反らざる者と、勝げて數う可からず。其の涂道の脩逺にして、糧食輟絶して繼がず、百姓の死する者と、勝げて數う可からざるなり。其の居處の安からず、食飯の時ならず、饑飽の節ならずして、百姓の道に疾病して死する者と、勝げて數う可からず。師を喪うこと多くして勝げて數う可からず、師を喪うこと盡きて勝げて計う可からざれば、則ち是れ鬼神の其の主后を喪うことも、亦た勝げて數う可からず」と。
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『茶の本』第四章 茶室・清貧を思わせる材料茶室は見たところなんの印象も与えない。それは日本のいちばん狭い家よりも狭い。それにその建築に用いられている材料は、清貧を思わせるようにできている。しかしこれはすべて深遠な芸術的思慮の結果であって、細部に至るまで、立派な宮殿寺院を建てるに費やす以上の周到な注意をもって細工が施されているということを忘れてはならない。よい茶室は普通の邸宅以上に費用がかかる、というのはその細工はもちろん、その材料の選択に多大の注意と綿密を要するから。実際茶人に用いられる大工は、職人のなかでも特殊な、非常に立派な部類を成している。彼らの仕事は漆器家具匠の仕事にも劣らぬ精巧なものであるから。
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『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・日本の財貨を外国へ棄つることなりただ、今の学者の成業を待ち、この学者をして自国の用を便ぜしむるのほか、さらに手段あるべからず。すなわちこれ学者の身に引き受けたる職分なれば、その責め急なりと言うべし。今わが国内に雇い入れたる外国人は、わが学者未熟なるがゆえにしばらくその名代を勤めしむるものなり。今わが国内に外国の器品を買い入るるは、わが国の工業拙なるがゆえにしばらく銭と交易して用を便ずるものなり。この人を雇いこの品を買うがために金を費やすは、わが学術のいまだ彼に及ばざるがために日本の財貨を外国へ棄つることなり。国のためには惜しむべし。学者の身となりては慚ずべし。かつ人として前途の望みなかるべからず、望みあらざれば世に事を勉むる者なし。明日の幸を望んで今日の不幸をも慰むべし。来年の楽を望んで今年の苦をも忍ぶべし。昔日は世の事物みな旧格に制せられて有志の士といえども望みを養うべき目的なかりしが、今や然らず、この制限を一掃せしより後は、あたかも学者のために新世界を開きしがごとく、天下ところとして事をなすの地位あらざるはなし。
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人生を、一行の式にしてみた。
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