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学問のすゝめ / 十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・日本の財貨を外国へ棄つることなり

ただ、今の学者の成業を待ち、この学者をして自国の用を便ぜしむるのほか、さらに手段あるべからず。すなわちこれ学者の身に引き受けたる職分なれば、その責め急なりと言うべし。今わが国内に雇い入れたる外国人は、わが学者未熟なるがゆえにしばらくその名代を勤めしむるものなり。今わが国内に外国の器品を買い入るるは、わが国の工業拙なるがゆえにしばらく銭と交易して用を便ずるものなり。この人を雇いこの品を買うがために金を費やすは、わが学術のいまだ彼に及ばざるがために日本の財貨を外国へ棄つることなり。国のためには惜しむべし。学者の身となりては慚ずべし。かつ人として前途の望みなかるべからず、望みあらざれば世に事を勉むる者なし。明日の幸を望んで今日の不幸をも慰むべし。来年の楽を望んで今年の苦をも忍ぶべし。昔日は世の事物みな旧格に制せられて有志の士といえども望みを養うべき目的なかりしが、今や然らず、この制限を一掃せしより後は、あたかも学者のために新世界を開きしがごとく、天下ところとして事をなすの地位あらざるはなし。

書き下し

ただ、今の学者の成業を待ち、この学者をして自国の用を便ぜしむるのほか、さらに手段あるべからず。すなわちこれ学者の身に引き受けたる職分なれば、その責め急なりと言うべし。今わが国内に雇い入れたる外国人は、わが学者未熟なるがゆえにしばらくその名代を勤めしむるものなり。今わが国内に外国の器品を買い入るるは、わが国の工業拙なるがゆえにしばらく銭と交易して用を便ずるものなり。この人を雇いこの品を買うがために金を費やすは、わが学術のいまだ彼に及ばざるがために日本の財貨を外国へ棄つることなり。国のためには惜しむべし。学者の身となりては慚ずべし。かつ人として前途の望みなかるべからず、望みあらざれば世に事を勉むる者なし。明日の幸を望んで今日の不幸をも慰むべし。来年の楽を望んで今年の苦をも忍ぶべし。昔日は世の事物みな旧格に制せられて有志の士といえども望みを養うべき目的なかりしが、今や然らず、この制限を一掃せしより後は、あたかも学者のために新世界を開きしがごとく、天下ところとして事をなすの地位あらざるはなし。

現代語訳

ただ今の学者が学業を成すのを待ち、この学者に自国の用を足させるほか、さらに手段はありません。これが学者が引き受けた職分ですから、その責任は差し迫っていると言うべきです。今わが国内に雇い入れた外国人は、わが学者が未熟だからしばらくその代理を務めさせているものです。今わが国内に外国の器物を買い入れるのは、わが国の工業が拙いからしばらく銭と交換して用を足しているものです。この人を雇いこの品を買うために金を費やすのは、わが学術がまだ彼に及ばないために日本の財貨を外国へ捨てることです。国のためには惜しむべきで、学者の身としては恥じるべきです。しかも人として前途の望みがなくてはならず、望みがなければ世に事を務める者はありません。明日の幸いを望んで今日の不幸をも慰めるべきです。来年の楽しみを望んで今年の苦しみをも忍ぶべきです。昔は世の物事がみな古い格式に縛られて、志ある士でも望みを養う目当てがありませんでしたが、今はそうではなく、この制限を一掃してからは、まるで学者のために新世界が開けたようで、天下のどこにも事を行う場所がないところはありません。

解説

外国人を雇い器物を買う費用が、学者の未熟の代金として説明されます。日本の財貨を外国へ捨てている、という言い方が厳しく、国には惜しく学者には恥だと責任の所在を示します。そのうえで調子が変わり、希望の話になります。明日を望んで今日を慰め、来年を望んで今年を忍べ、と。かつては志があっても場所がなかったが今は違う、という時代認識が、責任を重荷ではなく機会に変えています。

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