新論 / 守禦
奢靡之於國、士民不得不貧、風俗不得不壞、請謁以行、怨讟以興、故理財正辭、量入爲出、邦用有常、尊卑有分、身自率先群下、治宮壼、淸府務、損冗官、除煩苛、省土木玩好無用之費、此古今之通論也、今如必欲息奢靡、則當使人去虚飾而尚至誠、欲人去虚飾、則當使人相憂恤如同舟遇風、欲人相恤、則當示以天下之大患勵以嘗膽坐薪之誠也、簡練兵旅、修備軍實、上下黽勉、常如臨戰陣之日、天下知所警戒、然後奉制度尚勤儉、則奢靡之習有不革乎、〈建治初、既斬元使、將伐其國、下令省公事、行儉約、休民庶、以備軍實、其令民如是、則上下決意備豫、而後勤儉之政可得行也、〉
新字:奢靡之於国、士民不得不貧、風俗不得不壊、請謁以行、怨讟以興、故理財正辞、量入為出、邦用有常、尊卑有分、身自率先群下、治宮壼、清府務、損冗官、除煩苛、省土木玩好無用之費、此古今之通論也、今如必欲息奢靡、則当使人去虚飾而尚至誠、欲人去虚飾、則当使人相憂恤如同舟遇風、欲人相恤、則当示以天下之大患励以嘗胆坐薪之誠也、簡練兵旅、修備軍実、上下黽勉、常如臨戦陣之日、天下知所警戒、然後奉制度尚勤倹、則奢靡之習有不革乎、〈建治初、既斬元使、将伐其国、下令省公事、行倹約、休民庶、以備軍実、其令民如是、則上下決意備予、而後勤倹之政可得行也、〉
書き下し
奢靡の国に於けるや、士民貧ならざるを得ず、風俗壊れざるを得ず、請謁以て行はれ、怨讟以て興る。故に財を理め辞を正し、入るを量りて出づるを為し、邦用に常有り、尊卑に分有り、身自ら群下に率先し、宮壼を治め、府務を清め、冗官を損し、煩苛を除き、土木玩好無用の費を省く。此れ古今の通論なり。今如し必ず奢靡を息めんと欲せば、則ち当に人をして虚飾を去りて至誠を尚ばしむべし。人をして虚飾を去らしめんと欲せば、則ち当に人をして相憂恤すること舟を同じくして風に遇ふが如くならしむべし。人をして相恤れましめんと欲せば、則ち当に示すに天下の大患を以てし、励ますに嘗胆坐薪の誠を以てすべし。兵旅を簡練し、軍実を修備し、上下黽勉して、常に戦陣に臨むの日の如くならば、天下警戒する所を知らん。然る後に制度を奉じ勤倹を尚ばば、則ち奢靡の習革まらざること有らんや。(建治の初め、既に元使を斬り、将に其の国を伐たんとして、令を下して公事を省き、倹約を行ひ、民庶を休め、以て軍実に備ふ。其の民に令すること是の如くなれば、則ち上下意を決して備豫し、而る後に勤倹の政得て行ふべきなり。)
現代語訳
贅沢が国に広がると、武士も民も貧しくならざるをえず、風俗も崩れざるをえず、頼みごとや賄賂が横行し、怨みや非難が起こる。だから財政を整えて言葉を正し、収入をはかって支出を決め、国の費用に定めがあり、身分の上下にけじめがあり、自ら臣下に率先して、奥向きを治め、役所の務めを清め、余分な役人を減らし、煩わしく厳しすぎる規則を除き、土木や遊び道楽の無駄な出費を省く。これは昔も今も変わらぬ定論である。今もし本当に贅沢をやめさせたいのなら、人々に見せかけの飾りを捨てさせ、まごころを尊ばせなければならない。人々に見せかけを捨てさせたいなら、同じ舟に乗って嵐に遭ったときのように、互いに憂え合い、いたわり合うようにさせなければならない。互いにいたわり合わせたいなら、天下の大きな憂いを示し、臥薪嘗胆のまごころで励まさなければならない。軍隊を選び鍛え、兵器や兵糧を整え、上も下も努め励み、つねに戦場に臨む日のようであれば、天下は警戒すべきことを知るだろう。そのうえで制度を守り、勤勉と倹約を尊ぶなら、贅沢の習慣が改まらないことがあろうか。(建治の初め、元の使者をすでに斬り、その国を討とうとしたとき、命令を下して公の行事を省き、倹約を行い、民を休ませて、軍備に備えた。民にこのように命じたからこそ、上も下も覚悟を決めて備え、そのうえで勤倹の政治を行うことができたのである。)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
風憲忠告・臨難苐九夫れ人臣にして國家言責の任に當れば、刑辱の事、敢えてその無き有るを必とせず、要は順って處り靜かに伺い、理を以てこれを□するに在るのみ。若し乃ち哀を求め憐れみを乞い、惴讋(ずいしょう)して所無ければ、巳に先ず撓(たわ)む、何を以てか自ら眀(あき)らかにせん。夫れ已の職を盡くし、國の爲民の爲にして罪を得るは、君子は以て辱と為さず、以て榮と為す。縲紲(るいせつ)せらると雖も、荊楚せらると雖も、斧鉞せらると雖も、庸(なん)ぞ愧(は)ずること何かあらんや。歷(あまね)く自古(いにしえよ)り禍患に處して亂れざる者を觀るに、三代よりの下、子路の纓(えい)を結ぶが如き、宜僚(ぎりょう)の色を正すが如き、王景文の客と碁を弈(う)つが如き、劉禕(りゅうい)の自ら謝表を書すが如き、魏元忠の赦を聞きて動ぜざるが如き、是れ皆真に義命の在る所を知る有るを以てなり、區區(くく)たる人力の得て移す所に非ざるなり。然れども士君子平昔(へいせき)飬う所、其の情と偽と、焉(ここ)に於いて以て見るべし。李斯刑に臨みて父子相泣き、楊子雲(揚子雲)收(とら)えられて□閣ほとんど死せんとし、王坦之謝安と名を齊しくするも、桓溫朝に來たるや倒(さかしま)に手板を執り、崔浩自ら子房に比するも、史事を辨ずるが為に聲嘶(か)れ股栗(こりつ)し、便溺(べんでき)隱すこと能わず。此れ彼れ惟だ名を事とするのみにして、聖賢性命の學に於いては實に未だ甞て諸(これ)を心に淂(え)ざりしを見るべし。善いかな、韓文公の言に曰く、「儒者の患難に於けるや、苟しくも其れ自らこれを取るに非ざれば、其の拒みて懷に受けざるや、河堤を築きて以て屋霤(おくりゅう)を障(ふせ)ぐが若し。其の容れてこれを消すや、水の海に於ける、氷の夏日に於けるが若し。其の玩びてこれを文辭を以て忘るるや、金石を奏でて以て蟋蟀(しっしゅつ)の鳴くを破るが若し」と。故に君子の學は、理を眀らかにし自ら信ずるを以て貴しと為す。
-
『墨子』七患子墨子曰く、國に七患有り。七患なる者は何ぞ。城郭溝池、守る可からずして、宫室を治む、一の患なり。邊寇、境に至るも、四鄰救う莫し、二の患なり。先ず民力を無用の功に盡くし、無能の人に賞賜し、民力、無用に盡き、財寳、侍客に虚し、三の患なり。仕うる者は祿を待ち、游ぶ者は反るを思い、君は法を脩めて臣を討ち、臣は懾れて敢えて拂らわず、四の患なり。君、自ら以て聖智と為して事を問わず、自ら以て安彊と為して守備無く、四鄰、之を謀るも戒を知らず、五の患なり。言う所は忠ならず、忠とする所は信ならず、六の患なり。畜え種うる菽粟、以て之を食らわすに足らず、大臣、事を治むるに足らず、賞賜は喜ばしむる能わず、誅罰は威らしむる能わず、七の患なり。七患を以て國に居らば、必ず社稷無からん。七患を以て城を守らば、敵至りて國傾かん。七患の當たる所、國に必ず殃有り。
-
論語・子張篇子張曰く、士は危うきを見ては命を致し、得るを見ては義を思い、祭には敬を思い、喪には哀を思う。其れ可なるのみ。
-
葉隠・聞書第一大難大変(だいなんたいへん)に逢うても動転せぬといふは、まだしきなり。大変に逢うては歓喜踊躍(かんきゆやく)して勇み進むべきなり。一関(いっかん)越えたる所なり。「水増されば船高し。」といふが如し。
-
論語・子罕篇子、匡に畏る。曰く、「文王既に没するも、文茲に在らずや。天の将に斯の文を喪ぼさんとするや、後死の者、斯の文に与かるを得ざるなり。天の未だ斯の文を喪ぼさざるや、匡人其れ予を如何せん。」
-
『墨子』兼愛下然らば即ち敢えて問う。今、嵗に癘疫有り、萬民、多く勤苦凍餒有りて、溝壑の中に轉死する者、既已に衆し。識らず、將に之の二君を擇ばんとするに、將に何にか從わんとするや。我れ以て其の此に於けるに當たりては、天下に愚夫愚婦無く、兼君を非とすと雖も、必ず兼君に從うを是と為さん。言いて兼を非とし、擇びては即ち此れ言行の拂うなり。識らず、天下の皆な兼を聞きて之を非とする所以の者は、其の故、何ぞや。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る