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新論 / 守禦

凡守國家、修兵備、和戰之策、不可不先定、二者未決、則天下汎汎然莫知所向、紀綱廢弛、上下偸安、而智者不能爲謀、勇者不能爲怒、日又一日、坐使虜謀稔熟、拱手待敗者、是皆坐於内陰有所懼而不敢斷故也、昔者蒙古嘗加無禮於我、北條時宗斷然立戮其使、令天下將發兵征之、 龜山帝以萬乘之尊、而祈身代國難、當是之時説以犯難、民忘其死、天下孰敢不以必死自期、故億兆一心、精誠所感、能起風浪、殲虜海上、是所謂置之死地而後生者也、

新字:凡守国家、修兵備、和戦之策、不可不先定、二者未決、則天下汎汎然莫知所向、紀綱廃弛、上下偸安、而智者不能為謀、勇者不能為怒、日又一日、坐使虜謀稔熟、拱手待敗者、是皆坐於内陰有所懼而不敢断故也、昔者蒙古嘗加無礼於我、北条時宗断然立戮其使、令天下将発兵征之、 亀山帝以万乗之尊、而祈身代国難、当是之時説以犯難、民忘其死、天下孰敢不以必死自期、故億兆一心、精誠所感、能起風浪、殲虜海上、是所謂置之死地而後生者也、

書き下し

凡そ国家を守り、兵備を修むるに、和戦の策、先づ定めざるべからず。二者未だ決せざれば、則ち天下汎汎然として向かふ所を知る莫く、紀綱廃弛し、上下安を偸み、而して智者も謀を為す能はず、勇者も怒を為す能はず。日又一日、坐して虜謀をして稔熟せしめ、手を拱きて敗を待つ者は、是れ皆内に坐して陰に懼るる所有りて敢へて断ぜざるが故なり。昔者蒙古嘗て無礼を我に加ふ。北条時宗断然として立ちどころに其の使を戮し、天下に令して将に兵を発して之を征せんとす。亀山帝、万乗の尊を以て、身を以て国難に代はらんことを祈る。是の時に当たりて、説ばしむるに難を犯すを以てし、民其の死を忘る。天下孰か敢へて必死を以て自ら期せざらん。故に億兆心を一にし、精誠の感ずる所、能く風浪を起こし、虜を海上に殲す。是れ所謂之を死地に置きて而る後に生くる者なり。

現代語訳

およそ国家を守り、軍備を整えるには、和すか戦うかの方策をまず定めなければならない。この二つがまだ決まらなければ、天下はふわふわと漂って向かうところを知らず、綱紀はゆるみ、上も下も目先の安楽をむさぼり、知恵ある者も謀をめぐらせず、勇ある者も奮い立つことができない。一日また一日と過ぎ、座したまま外夷の謀略を熟させ、手をこまねいて敗北を待つことになるのは、みな内にこもってひそかに恐れるところがあり、思い切って決断しないからである。昔、蒙古(元)がわが国に無礼を加えたことがあった。北条時宗は断固としてただちにその使者を斬り、天下に命じて兵を発し、これを討とうとした。亀山帝(亀山上皇)は天子の尊い身でありながら、わが身をもって国難に代わらんことを神に祈った。このとき、困難に立ち向かうことを喜ばせたので、民は死を忘れた。天下の誰が必死の覚悟を自らに期さないことがあろうか。だから万民が心を一つにし、まごころの感じるところ、風と波を起こして、敵を海上で全滅させることができた。これがいわゆる「これを死地に置いてのちに生きる」というものである。

解説

「守禦」の章の冒頭で、正志斎は防備の前提として和か戦かの方針を先に決めよと説く。決めないまま時を過ごすことこそ敗北への道だという。例に引くのは、建治元年(1275)に元の使者を斬った北条時宗と、国難に身を代えようと祈ったと伝わる亀山上皇で、弘安の役の勝利を億兆一心の精誠に帰す。「死地に置きて後に生く」は『孫子』九地篇の語である。神風を精誠の感応とする解釈は正志斎の主張だが、方針の未決が組織を弛緩させ、腹を決めてはじめて人が一つになるという論点は、現代の経営判断にも通じる。

この章句が説くこと

和戦決断守禦一心北条時宗孫子

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