晏子春秋 / 外篇下・仲尼見景公,景公曰:先生奚不見寡人宰乎
仲尼游齊,見景公。景公曰:「先生奚不見寡人宰乎?」仲尼對曰:「臣聞晏子,事三君而得順焉,是有三心,所以不見也。」仲尼出,景公以其言告晏子,晏子對曰:「不然,非嬰為三心,三君為一心故。三君皆欲其國家之安,是以嬰得順也。嬰聞之,是而非之,非而是之,猶非也。孔丘必據處此一心矣。」
新字:仲尼游斉,見景公。景公曰:「先生奚不見寡人宰乎?」仲尼対曰:「臣聞晏子,事三君而得順焉,是有三心,所以不見也。」仲尼出,景公以其言告晏子,晏子対曰:「不然,非嬰為三心,三君為一心故。三君皆欲其国家之安,是以嬰得順也。嬰聞之,是而非之,非而是之,猶非也。孔丘必拠処此一心矣。」
書き下し
仲尼斉に游び、景公に見ゆ。景公曰く、「先生奚ぞ寡人の宰に見えざる」と。仲尼対えて曰く、「臣聞く、晏子は、三君に事えて順を得たり、是れ三心有り。見えざる所以なり」と。仲尼出づ。景公其の言を以て晏子に告ぐ。晏子対えて曰く、「然らず。嬰の三心を為すに非ず、三君一心を為すが故なり。三君皆其の国家の安きを欲す、是を以て嬰順を得たり。嬰之を聞く、是にして之を非とし、非にして之を是とするは、猶お非なりと。孔丘は必ず此の一心に据り処らん」と。
現代語訳
仲尼が斉に遊び、景公に会いました。景公は言いました。「先生は、どうして私の宰相に会わないのか。」仲尼は答えました。「私はこう聞いております。晏子は三君に仕えて順調だった。これは三つの心があるということです。会わないのはそのためです。」仲尼が出ると、景公はその言葉を晏子に告げました。晏子は答えました。「そうではありません。私が三つの心を持っているのではなく、三君が一つの心だからです。三君はみな国家の安定を望んでおられました。だから私は順調だったのです。私はこう聞いております。是であるものを非とし、非であるものを是とするのは、やはり非であると。孔丘は必ずこの一つの心に拠るでしょう。」
解説
この章句が説くこと
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