晏子春秋 / 問下・梁丘據問子事三君不同心晏子對以一心可以事百君
梁丘據問晏子曰:「子事三君,君不同心,而子俱順焉,仁人固多心乎?」晏子對曰:「嬰聞之,順愛不懈,可以使百姓;強暴不忠,不可以使一人。一心可以事百君,三心不可以事一君。」仲尼聞之曰:「小子識之,晏子以一心事百君者也。」
新字:梁丘拠問晏子曰:「子事三君,君不同心,而子倶順焉,仁人固多心乎?」晏子対曰:「嬰聞之,順愛不懈,可以使百姓;強暴不忠,不可以使一人。一心可以事百君,三心不可以事一君。」仲尼聞之曰:「小子識之,晏子以一心事百君者也。」
書き下し
梁丘据、晏子に問いて曰く、「子は三君に事え、君の心同じからざるに、子は俱に順う。仁人は固より多心なるか」と。晏子対えて曰く、「嬰之を聞く、順愛して懈らざれば、以て百姓を使う可し。強暴にして不忠なれば、以て一人を使う可からず。一心なれば以て百君に事う可く、三心なれば以て一君に事う可からず」と。仲尼之を聞きて曰く、「小子之を識せ、晏子は一心を以て百君に事うる者なり」と。
現代語訳
梁丘据が晏子に尋ねました。「あなたは三人の君に仕え、君たちの心は同じではないのに、あなたはみなに従いました。仁の人というのはもともと心が多いのでしょうか」。晏子は答えました。「私はこう聞いています。従い愛して怠らなければ、多くの民を使うことができる。荒々しく不忠であれば、たった一人さえ使えない。一つの心なら百人の君に仕えられるが、三つの心では一人の君にも仕えられない、と」。仲尼がこれを聞いて言いました。「若者たちよ、覚えておきなさい。晏子は一つの心で百人の君に仕える人なのだ」。
解説
梁丘据は景公の寵臣で、晏子が三代の君に仕えたことを、心を使い分けたのではないかと問いただします。晏子の答えは、仕える相手が変わっても自分の心は一つで、従い愛して怠らないという芯を保った、というものです。「一心」と「三心」を対比し、心が分かれる者はたった一人の君にも仕えられないと言い切ります。孔子の評が添えられているのも、書の編者がこの姿勢を高く見ていたからでしょう。上司や経営方針が代わっても、仕事への向き合い方を変えずに誠実さを保つ人は、どの環境でも信頼されます。逆に、相手ごとに態度を変える人は、誰からも使いにくいと見られます。
この章句が説くこと
一心忠変わらぬ姿勢信頼仕える晏子春秋
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