新論 / 虜情
夫天未棄 神州、廟堂之議、幸洞察黠虜之狡謀、嚴禁接濟、塞禍源於未流、而蹈像之意可繼矣、令諸侯拉虜於海上、而嚮以國法喩鄂羅者、終不爲飾辭、威信立而三眼之威可宣矣、英略雄斷、所以奮士氣破虜膽者、豈不偉哉、然而庸俗之論、猶未曉廟堂有深遠之慮、乃謂黠虜者撫之以恩、則恭順馴服、畏之以威、則忿恚生變、甚矣執頑守迷者、雖曉以 幕府之令、其卒不可得喩乎、
新字:夫天未棄 神州、廟堂之議、幸洞察黠虜之狡謀、厳禁接済、塞禍源於未流、而蹈像之意可継矣、令諸侯拉虜於海上、而嚮以国法喩鄂羅者、終不為飾辞、威信立而三眼之威可宣矣、英略雄断、所以奮士気破虜胆者、豈不偉哉、然而庸俗之論、猶未暁廟堂有深遠之慮、乃謂黠虜者撫之以恩、則恭順馴服、畏之以威、則忿恚生変、甚矣執頑守迷者、雖暁以 幕府之令、其卒不可得喩乎、
書き下し
夫れ天未だ神州を棄てず、廟堂の議、幸ひに黠虜の狡謀を洞察し、厳に接済を禁じ、禍源を未流に塞ぎて、蹈像の意継ぐべし。諸侯をして虜を海上に拉かしめて、嚮に国法を以て鄂羅に喩す者、終に飾辞と為らず、威信立ちて三眼の威宣ぶべし。英略雄断、士気を奮ひ虜胆を破る所以の者、豈に偉ならずや。然り而して庸俗の論、猶未だ廟堂に深遠の慮有るを暁らず、乃ち謂ふ、黠虜は之を撫するに恩を以てすれば、則ち恭順馴服し、之を畏れしむるに威を以てすれば、則ち忿恚して変を生ずと。甚だしいかな頑を執り迷を守る者、暁すに幕府の令を以てすと雖も、其れ卒に喩すを得べからざるか。
現代語訳
さいわい天はまだ神州を見捨ててはいない。幕府の評議は、ずる賢い外国人の悪だくみを見抜き、彼らへの物資の供給を厳しく禁じ、禍いの源を末流のうちに塞いだので、踏絵を設けた精神を受け継ぐことができる。諸大名に命じて外国船を海上で打ち砕かせることにしたので、かつて国法としてロシアに諭したことも、結局は飾りの言葉に終わらず、威信が立って「三つの眼」の威光を示すことができる。すぐれた計略と雄々しい決断で、士気を奮い立たせ外国人の肝をつぶすものであり、なんと偉大なことではないか。ところが世俗の凡庸な議論は、なお幕府に深遠な思慮があることを理解せず、「ずる賢い外国人も恩をもっていたわれば恭順して従い、威をもって恐れさせれば怒って変事を起こす」と言う。かたくなに迷いにしがみつく者のひどさよ。幕府の命令をもって諭しても、ついに悟らせることはできないのだろうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『新論』虜情昔諸葛亮将に魏を伐たんとし、先づ南蛮を征して、以て兵甲を足す。而して魏の君臣寂然として聞く無く、兵出でて朝野震動す。今虜も亦将に亮の故智を襲はんとするか。何ぞ虜の甚だ智にして、我未だ之を察せざるや。嚮者幕府嘗て鄂羅に喩すに国法を以てして曰く、番舶辺に近づかば、当に之を海上に摧くべしと。今諳厄利常常停泊すれども、未だ之を駆らず。其の陸に登る者と雖も、亦慰撫して之を遣る。外夷をして之を聞かしめば、将に国法を何とか謂はんとす。而して諳厄利なる者も、亦徜徉して自ら肆にし、吾が山川を図画し、吾が運輸を妨害し、而して吾が人民を誘ひ、啗はすに貨利を以てし、眩はすに妖教を以てす。異日脱し姦闌をして愈々多からしめて、接済禁ぜずんば、則ち変の不測に寓する者、勝げて言ふべけんや。而るに偸安の徒、動もすれば謂ふ、彼は漁を為し商を為す、固より其の常事にして、深く慮るに足らずと。何ぞ其れ思はざるの甚だしきや。
-
『新論』長計若し夫れ繆りて西夷の妄説を聴き、称揚眩惑して、以て黠虜の逆焔を助長する者は、則ち宜しく痛く之を禁絶すべきのみ。或いは禁を犯す者有らば、処するに造言乱民の刑を以てし、而して蛮貨・蛮薬及び羶罽の属を見れば、必ず焚燬破裂して、服用を許さず、民をして戎狄を賤しむこと犬羊の如く、之を悪むこと豺狼の如くならしむ。(天平中の詔に、百姓に異端を学習し、幻術を蓄積し、厭魅呪咀して、百物を害傷する者有らば、首は斬、従は流。如し山林に停住し、佯りて仏法を道ひ、自ら教化を作し、伝習授業し、書符を封印し、薬を合せ毒を造り、万方怪を作し、勅禁に違犯する者有らば、罪も亦此くの如しと。古昔異左を禁絶すること是くの如し。民をして方を知らしむる所以の者固より宜しく然るべきなり。今若し武を揚げ蛮を遏め、声教既に曁び、百蛮臣と称し貢を奉ずれば、然る後に其の物を取りて之を用ふるも、亦未だ不可と為さざるなり。)接済の姦を告ぐる者は、敵首を得ると賞を同じくし、匿して発せざる者は、盗を舎匿すると罪を同じくし、邦国能く虜艦を破る者は、功敵塁を陥るると均しくし、虜を見て撃たざる者は、論ずるに逗撓を以てす。此れ皆一時の権衡なるも、亦臣民をして激発興起して光訓を敬奉せしむるに足らん。而して大いに守禦の備を修め、慨然として天下に示すに大憂を以てし、赤心を推し至誠を開き、一憂一楽、必ず天下と之を同じくせば、庶はくは是を以て天下を鼓動せん。
-
『新論』虜情庸俗また謂ふ、今日耶蘇の禁厳なること甚だし、民詿誤せらるるを得べからず、と。其の自ら小智を衒ひて、憂ふるに足らずとす。夫れ夷虜の伎倆を騁するを得ずして、以て今日に至る者は、実に幕府厲禁の致す所にして、億兆生霊の大幸なり。然れども神姦の潜行する、其の名は変ずべく、其の状は更むべくして、其の民心を蠱する所以の者は自若たり。則ち彼其の術を為す、豈に必ずしも柱に膠し舷に刻みて、以て往日の轍を践まんや。民の利を好み鬼を畏るるは、其の情の免るる能はざる所なり。苟も潜かに其の心を移す所以の者有らば、則ち厳刑峻法と雖も、亦た得て詰むべからざる者有り。
-
『新論』虜情夫れ西夷の中国を窺ふ者、前後武を接し、各国逓ひに至る。其の国殊なりと雖も、其の敬事尊奉する所以の者は、則ち同一の胡神なり。故に耶蘇の中原を闚ふこと三百年にして変ぜず。而して中国の之を待つ所以の者は、則ち時論の趨舎に係り、或は雄断に出で、或は姑息に出づ。是れ其の間を闚ふ者は始終一意にして、之に応ずる者は前後論を異にす。一意なる者を以て、異論なる者を闚ふ、安んぞ其の能く久しくして間の乗ずべき無きを保たんや。然らば則ち時論をして一定し乗ずべきの間無からしめんと欲せば、虜情を審らかにするに在るかな、虜情を審らかにするに在るかな。(巻上終)
-
『新論』虜情其の初めや洋中に出没して、以て吾が地形を測り、吾が動静を闚ひ、而して又吾が人民を誘ふ。尋いで礼を厚くして以て通商を乞ひ、黠計行はれざるに及びて、乃ち蝦夷を劫かし吾が官府を焚き、吾が戎器を掠め、而して又更に通市を要む。是れ其の闚伺に漸有り、而して其の請求、或いは自ら飾るに礼を以てし、或いは人を嚇すに兵を以てし、百方兼ね施し、其の術至らざる莫し、而して其の意も亦知るべきなり。而るに偸安の徒、動もすれば謂ふ、彼は特に米穀を欲するのみ、深く慮るに足らずと。何ぞ其れ思はざるの甚だしきや。
-
『新論』虜情豊臣氏に至りて、胡僧及び愚民の夷教に汚るる者を駆りて、尽く諸を海外に出だす。東照宮興りて、禁を設くること殊に厳なり。故に伊斯把・諳厄利諸蕃の相踵いで至る有りと雖も、卒に夷教を以て入ること能はず(東照宮嘗て西宗真なる者を西洋に遣はし、三年にして還る。台徳公も亦揖斐某を遣はして西洋に至らしめ、七年にして還る。皆虜情を探偵する所以にして、蓋し此に由りて審らかに異言を識ると云ふ。痛く之を禁絶する所以なり。大猷公も亦嘗て訳官を遣はして天竺に往き、精舎を視しむ。疑ふらくは亦深意有らん)。寛永の初め、令を下して胡神の像を鋳、愚民の過ちを悔いて正に帰する者をして足もて之を踏ましむ。外夷も亦自ら脱するを得ざるを度り、長崎を望みて股栗す。清人の或いは胡神の堂を毀たんと欲するも、亦之を引きて以て言を為す(西湖志・台湾志等の載する所、大約此くの如し)。国家の興隆には天も亦之を保佑す。故に時に島原の賊起こりて、天下の邪徒を一城に聚め、一掃して之を殲す。余燼再び燃ゆることを得ざるは、実に此に由るなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る