導師導古典を学びたいすべての人に

新論 / 虜情

及升平已久、海内無事、而夷復窺 中國、諳厄利重乞通商、〈長崎夜話載是事、大略云、諳厄利往年通市舶、至元和中、自罷其通舶者、蓋有深知時勢者也、及世移時改、而又欲有所徼幸、以延寶癸丑復乞通商、不許、今詳其語意、亦似非泛言者也、〉而邏馬亦遣僧潛入、竊唱夷敎、亦皆未能得其志也、至近時、則鄂羅殊張、誘蝦夷以邪敎、蠶食諸島、遂伺内地、而諳厄利亦頻來、潛誘邊氓、然則其奉胡神以覬覦 中國者、豈獨波爾杜瓦而止哉、

新字:及升平已久、海内無事、而夷復窺 中国、諳厄利重乞通商、〈長崎夜話載是事、大略云、諳厄利往年通市舶、至元和中、自罷其通舶者、蓋有深知時勢者也、及世移時改、而又欲有所徼幸、以延宝癸丑復乞通商、不許、今詳其語意、亦似非泛言者也、〉而邏馬亦遣僧潜入、窃唱夷教、亦皆未能得其志也、至近時、則鄂羅殊張、誘蝦夷以邪教、蠶食諸島、遂伺内地、而諳厄利亦頻来、潜誘辺氓、然則其奉胡神以覬覦 中国者、豈独波爾杜瓦而止哉、

書き下し

升平已に久しく、海内無事なるに及びて、夷復た中国を窺ひ、諳厄利重ねて通商を乞ふ(長崎夜話に是の事を載す。大略に云ふ、諳厄利往年市舶を通じ、元和中に至りて、自ら其の通舶を罷むる者は、蓋し深く時勢を知る者有ればなり。世移り時改まるに及びて、又徼幸する所有らんと欲し、延宝癸丑を以て復た通商を乞ふも、許さずと。今其の語意を詳らかにするに、亦泛言なる者に非ざるに似たり)。而して邏馬も亦僧を遣はして潜入し、窃かに夷教を唱ふ。亦皆未だ其の志を得ること能はざるなり。近時に至りては、則ち鄂羅殊に張り、蝦夷を誘ふに邪教を以てし、諸島を蚕食して、遂に内地を伺ふ。而して諳厄利も亦頻りに来たりて、潜かに辺氓を誘ふ。然らば則ち其の胡神を奉じて以て中国を覬覦する者、豈に独り波爾杜瓦のみにして止まんや。

現代語訳

太平の世が久しく続き、国内が無事になると、西洋人はまたわが国(中国)をうかがい、イギリスは重ねて通商を求めてきた(『長崎夜話』にこのことが載っている。その大略はこうである。イギリスはかつて交易船を通わせていたが、元和年間になって自ら通商をやめた。おそらく時勢を深く見通す者がいたのであろう。世が移り時が改まると、またうまい機会を得ようとして、延宝癸丑〔延宝元年、1673〕に再び通商を求めたが、許されなかった。いまその言葉の意味をよく考えると、これもいいかげんな話ではないようである)。またローマ(教皇庁)も僧を遣わして潜入させ、ひそかに異国の教えを唱えさせたが、これもみな思いを遂げることはできなかった。近ごろになると、ロシアがとりわけ勢いを張り、邪な教えで蝦夷(アイヌ)を誘い、島々を蚕食して、ついには本土をうかがっている。イギリスもまたしばしばやって来て、ひそかに辺境の民を誘っている。そうであれば、異国の神を奉じてわが国をうかがう者が、どうしてポルトガルだけにとどまろうか。

解説

正志斎は、太平が続いた江戸中期以後も西洋の接近が絶えなかったことをたどる。延宝元年(1673)のイギリス船の通商要求、ローマから遣わされた宣教師の潜入(宝永五年〔1708〕のシドッチがよく知られる)、そして近年のロシアの千島・蝦夷地への進出とイギリス船の頻繁な来航を並べ、脅威はポルトガルだけの昔話ではないと説く。危機は形を変えて繰り返し訪れるという認識であり、太平に慣れることへの戒めでもある。平穏な時期こそ過去の教訓を引き継ぎ、新しい兆しに目を配るべきだという点は、組織の危機管理にもそのまま当てはまる。

この章句が説くこと

虜情通商危機鄂羅警戒新論

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る