新論 / 虜情
西夷之跋扈海上、幾三百年矣、而土疆日廣、意欲日滿者、是其智勇有大過絶人者歟、仁恩甚洽於民歟、禮樂刑政莫不脩備歟、抑有神造鬼設非人力之所能爲者歟、而皆非然也、彼其所恃以逞伎倆者、獨有一耶蘇敎而已、夫彼所謂敎法者、邪僻淺陋、固無足論、然其歸易簡、而其言猥瑣、易以誑誘愚民、巧言繁辭、誣天以爲敬天、滅裂人道、以爲曉倫理、時行小惠、以市仁聞、因誇張其説、鼓舌眩世、誕妄迂怪、足以濫耳、故世之好異者、道聽途説、而雖士大夫、亦往往有不免於沾染者、心蠱志溺、至於頑乎其不可解、是狡夷之所用以售其術也、
新字:西夷之跋扈海上、幾三百年矣、而土疆日広、意欲日満者、是其智勇有大過絶人者歟、仁恩甚洽於民歟、礼楽刑政莫不脩備歟、抑有神造鬼設非人力之所能為者歟、而皆非然也、彼其所恃以逞伎倆者、独有一耶蘇教而已、夫彼所謂教法者、邪僻浅陋、固無足論、然其帰易簡、而其言猥瑣、易以誑誘愚民、巧言繁辞、誣天以為敬天、滅裂人道、以為暁倫理、時行小恵、以市仁聞、因誇張其説、鼓舌眩世、誕妄迂怪、足以濫耳、故世之好異者、道聴途説、而雖士大夫、亦往往有不免於沾染者、心蠱志溺、至於頑乎其不可解、是狡夷之所用以售其術也、
書き下し
西夷の海上に跋扈すること、幾ど三百年なり。而して土疆日に広く、意欲日に満つる者は、是れ其の智勇大いに人に過絶する者有るか、仁恩甚だ民に洽きか、礼楽刑政脩備せざる莫きか、抑々神造鬼設、人力の能く為す所に非ざる者有るか。而るに皆然るに非ざるなり。彼其の恃みて以て伎倆を逞しうする所の者は、独り一の耶蘇教有るのみ。夫れ彼の所謂教法なる者は、邪僻浅陋、固より論ずるに足る無し。然れども其の帰易簡にして、其の言猥瑣、以て愚民を誑誘し易し。巧言繁辞、天を誣ひて以て天を敬すと為し、人道を滅裂して、以て倫理に暁らかなりと為す。時に小恵を行ひて、以て仁聞を市り、因りて其の説を誇張し、舌を鼓して世を眩はす。誕妄迂怪、以て耳を濫すに足る。故に世の異を好む者、道聴途説して、士大夫と雖も、亦往々沾染を免れざる者有り。心蠱し志溺れて、頑乎として其れ解くべからざるに至る。是れ狡夷の用ひて以て其の術を售る所なり。
現代語訳
西洋人が海上でのさばるようになって、ほぼ三百年になる。その領土が日ごとに広がり、欲望が日ごとに満たされているのは、その知恵と勇気が人並みはずれて優れているからだろうか。仁愛と恩恵が民に行き渡っているからだろうか。礼楽・刑罰・政治がすべて整っているからだろうか。それとも神や鬼が作り設けたような、人の力ではできないものがあるからだろうか。いずれもそうではない。彼らが頼みとして腕前をふるう手段は、ただ一つ耶蘇教(キリスト教)だけである。そもそも彼らのいう教えは、よこしまで浅はかで、もとより論じるに足りない。しかしその要点は単純で、その言葉は卑近なので、愚かな民をだまして誘いやすい。巧みな言葉を重ね、天をあざむいて天を敬うと称し、人の道を引き裂いておきながら倫理に通じていると称する。ときどき小さな恵みを施して仁愛の評判を買い、それによって自説を誇張し、弁舌をふるって世の人を惑わす。でたらめで奇怪な話は、人の耳をあふれさせるに十分である。だから世の珍しいもの好きは聞きかじりを言い広め、士大夫でさえ、しばしば染まるのを免れない者がいる。心がむしばまれ志がおぼれて、かたくなにほどけなくなってしまう。これこそ狡猾な西洋人が、その術を売りこむために用いるものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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風憲忠告・臨難苐九夫れ人臣にして國家言責の任に當れば、刑辱の事、敢えてその無き有るを必とせず、要は順って處り靜かに伺い、理を以てこれを□するに在るのみ。若し乃ち哀を求め憐れみを乞い、惴讋(ずいしょう)して所無ければ、巳に先ず撓(たわ)む、何を以てか自ら眀(あき)らかにせん。夫れ已の職を盡くし、國の爲民の爲にして罪を得るは、君子は以て辱と為さず、以て榮と為す。縲紲(るいせつ)せらると雖も、荊楚せらると雖も、斧鉞せらると雖も、庸(なん)ぞ愧(は)ずること何かあらんや。歷(あまね)く自古(いにしえよ)り禍患に處して亂れざる者を觀るに、三代よりの下、子路の纓(えい)を結ぶが如き、宜僚(ぎりょう)の色を正すが如き、王景文の客と碁を弈(う)つが如き、劉禕(りゅうい)の自ら謝表を書すが如き、魏元忠の赦を聞きて動ぜざるが如き、是れ皆真に義命の在る所を知る有るを以てなり、區區(くく)たる人力の得て移す所に非ざるなり。然れども士君子平昔(へいせき)飬う所、其の情と偽と、焉(ここ)に於いて以て見るべし。李斯刑に臨みて父子相泣き、楊子雲(揚子雲)收(とら)えられて□閣ほとんど死せんとし、王坦之謝安と名を齊しくするも、桓溫朝に來たるや倒(さかしま)に手板を執り、崔浩自ら子房に比するも、史事を辨ずるが為に聲嘶(か)れ股栗(こりつ)し、便溺(べんでき)隱すこと能わず。此れ彼れ惟だ名を事とするのみにして、聖賢性命の學に於いては實に未だ甞て諸(これ)を心に淂(え)ざりしを見るべし。善いかな、韓文公の言に曰く、「儒者の患難に於けるや、苟しくも其れ自らこれを取るに非ざれば、其の拒みて懷に受けざるや、河堤を築きて以て屋霤(おくりゅう)を障(ふせ)ぐが若し。其の容れてこれを消すや、水の海に於ける、氷の夏日に於けるが若し。其の玩びてこれを文辭を以て忘るるや、金石を奏でて以て蟋蟀(しっしゅつ)の鳴くを破るが若し」と。故に君子の學は、理を眀らかにし自ら信ずるを以て貴しと為す。
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『墨子』七患子墨子曰く、國に七患有り。七患なる者は何ぞ。城郭溝池、守る可からずして、宫室を治む、一の患なり。邊寇、境に至るも、四鄰救う莫し、二の患なり。先ず民力を無用の功に盡くし、無能の人に賞賜し、民力、無用に盡き、財寳、侍客に虚し、三の患なり。仕うる者は祿を待ち、游ぶ者は反るを思い、君は法を脩めて臣を討ち、臣は懾れて敢えて拂らわず、四の患なり。君、自ら以て聖智と為して事を問わず、自ら以て安彊と為して守備無く、四鄰、之を謀るも戒を知らず、五の患なり。言う所は忠ならず、忠とする所は信ならず、六の患なり。畜え種うる菽粟、以て之を食らわすに足らず、大臣、事を治むるに足らず、賞賜は喜ばしむる能わず、誅罰は威らしむる能わず、七の患なり。七患を以て國に居らば、必ず社稷無からん。七患を以て城を守らば、敵至りて國傾かん。七患の當たる所、國に必ず殃有り。
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論語・子張篇子張曰く、士は危うきを見ては命を致し、得るを見ては義を思い、祭には敬を思い、喪には哀を思う。其れ可なるのみ。
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葉隠・聞書第一大難大変(だいなんたいへん)に逢うても動転せぬといふは、まだしきなり。大変に逢うては歓喜踊躍(かんきゆやく)して勇み進むべきなり。一関(いっかん)越えたる所なり。「水増されば船高し。」といふが如し。
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