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新論 / 形勢

或東方未易間、而滿淸亦未可以遽克、則彼將先事西方、西方有釁、則與百兒圖度爾、若能克之、則南襲莫臥兒、與滿淸爭準噶爾故地、而長驅臨淸、既得克淸、則將連艦以偪 神州、此二策者、或自東而西、或自西而東、虜將相時察變而用其一、一能有濟、則臣宇内之形成矣、是以於二策者、欲先其易者、故數窺伺 神州、以嘗難易、而航海之術、固其所長、無忌於狂瀾怒濤、既挫度爾於陸戰、收諸島於海外、方與 神州爲隣、由此觀之、其所以爲深患者、非復女眞蒙古之比也可知而已、保疆安邊者、豈得不審古今形勢之變而求所以應之之術哉、

新字:或東方未易間、而満清亦未可以遽克、則彼将先事西方、西方有釁、則与百児図度爾、若能克之、則南襲莫臥児、与満清争準噶爾故地、而長駆臨清、既得克清、則将連艦以偪 神州、此二策者、或自東而西、或自西而東、虜将相時察変而用其一、一能有済、則臣宇内之形成矣、是以於二策者、欲先其易者、故数窺伺 神州、以嘗難易、而航海之術、固其所長、無忌於狂瀾怒濤、既挫度爾於陸戦、収諸島於海外、方与 神州為隣、由此観之、其所以為深患者、非復女真蒙古之比也可知而已、保疆安辺者、豈得不審古今形勢之変而求所以応之之術哉、

書き下し

或いは東方未だ間し易からず、而して満清も亦未だ以て遽かに克つべからずんば、則ち彼将に先づ西方を事とせんとす。西方に釁有れば、則ち百児と度爾を図り、若し能く之に克たば、則ち南のかた莫臥児を襲ひ、満清と準噶爾の故地を争ひて、長駆して清に臨まん。既に清に克つことを得ば、則ち将に艦を連ねて以て神州に偪らんとす。此の二策は、或いは東よりして西し、或いは西よりして東す。虜将に時を相て変を察して其の一を用ひんとす。一能く済ること有らば、則ち宇内を臣とするの形成らん。是を以て二策に於いて、其の易き者を先にせんと欲す。故に数々神州を窺伺して、以て難易を嘗む。而して航海の術は固より其の長ずる所にして、狂瀾怒濤を忌むこと無し。既に度爾を陸戦に挫き、諸島を海外に収め、方に神州と隣を為す。此に由りて之を観れば、其の深患を為す所以の者、復た女真・蒙古の比に非ざること知るべきのみ。疆を保ち辺を安んずる者、豈に古今形勢の変を審らかにして之に応ずる所以の術を求めざるを得んや。

現代語訳

あるいは東方にすきがなく、清もすぐには打ち破れないとなれば、ロシアはまず西方に取りかかるだろう。西方にすきがあればペルシアとともにトルコを狙い、これに勝てば南へムガルを襲い、清とジュンガル(準噶爾)の旧地を争って、はるばる清に迫るだろう。清に勝てば、艦隊を連ねて神州に迫ろうとするだろう。この二つの策は、東から西へか、西から東へかの違いで、ロシアは時勢を見、変化を察してそのどちらかを用いるだろう。どちらかがうまくいけば、世界を臣従させる形ができあがる。だから二つの策のうち、たやすいほうを先にしようとする。それでしばしば神州をうかがって、難しいか易しいかを試しているのである。しかも航海の術はもとより得意で、荒波を恐れない。すでにトルコを陸戦でくじき、海外の島々を収めて、いままさに神州と隣り合っている。このことから見れば、ロシアが深い患いとなるわけは、もはや女真や蒙古の比ではないことがわかる。国境を守り辺境を安んじる者が、どうして古今の形勢の変化をよく見きわめて、それに応じる術を求めずにいられようか。

解説

正志斎はロシアの戦略を「東から西へ」と「西から東へ」の二つの筋書きに整理し、どちらでも最後には日本に迫ると論じる。たびたびの日本近海への来航を、難易を試す偵察とみるのである。当時ロシアは蝦夷地周辺で活動しており、文化年間には樺太・択捉で襲撃事件も起きていたから、こうした警戒には現実の背景があった。ただし筋書きそのものは正志斎の推論である。複数のシナリオを立て、どの道筋でも自分たちが影響を受けるならば今から備える、という考え方は、現代のシナリオプランニングの発想に近い。

この章句が説くこと

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