新論 / 形勢
故古者就一區中、而分爲戰國、今則各區並立、交爲戰國、是以除 中國及滿淸之外、自號稱至尊者、曰莫臥兒、曰百兒西、曰度爾格、曰熱馬、曰鄂羅、是擧宇内列爲七雄、非分雄於一區之比也、〈蘭學家説、以上七國、西夷皆稱爲帝國、而其他如亞毘心域馬邏古暹羅及瓜哇之瑪荅郎等、亦稱帝國、然亞毘心域特以其地域之廣大、馬羅古特以回子之正系而自雄、然一則黑人愚陋之俗、一則衰亂削弱、而暹羅則其國雖富、而兵力劣弱、瑪荅郎則雖諸蕃要會、而國最弱小、皆不足以爭雄、故不論也、蘭學家謂前數國之王爲帝、即西夷所稱奚瑟爾者、原出於邏馬先祖之名、蘭學家譯爲帝者、特假漢字以分尊卑之等耳、其實則非我所謂帝之義、故今不用帝國等之字也、〉
新字:故古者就一区中、而分為戦国、今則各区並立、交為戦国、是以除 中国及満清之外、自号称至尊者、曰莫臥児、曰百児西、曰度爾格、曰熱馬、曰鄂羅、是挙宇内列為七雄、非分雄於一区之比也、〈蘭学家説、以上七国、西夷皆称為帝国、而其他如亜毘心域馬邏古暹羅及瓜哇之瑪荅郎等、亦称帝国、然亜毘心域特以其地域之広大、馬羅古特以回子之正系而自雄、然一則黒人愚陋之俗、一則衰乱削弱、而暹羅則其国雖富、而兵力劣弱、瑪荅郎則雖諸蕃要会、而国最弱小、皆不足以争雄、故不論也、蘭学家謂前数国之王為帝、即西夷所称奚瑟爾者、原出於邏馬先祖之名、蘭学家訳為帝者、特仮漢字以分尊卑之等耳、其実則非我所謂帝之義、故今不用帝国等之字也、〉
書き下し
故に古は一区の中に就きて分かれて戦国と為り、今は則ち各区並び立ちて、交々戦国と為る。是を以て中国及び満清を除くの外、自ら至尊と号称する者、莫臥児と曰ひ、百児西と曰ひ、度爾格と曰ひ、熱馬と曰ひ、鄂羅と曰ふ。是れ宇内を挙げて列して七雄と為る、雄を一区に分かつの比に非ざるなり(蘭学家の説に、以上の七国、西夷皆称して帝国と為す。而して其の他、亜毘心域・馬邏古・暹羅及び瓜哇の瑪荅郎等の如きも、亦帝国と称す。然れども亜毘心域は特に其の地域の広大なるを以てし、馬羅古は特に回子の正系なるを以て自ら雄とす。然れども一は則ち黒人愚陋の俗、一は則ち衰乱削弱、而して暹羅は則ち其の国富むと雖も兵力劣弱、瑪荅郎は則ち諸蕃の要会なりと雖も国最も弱小、皆以て雄を争ふに足らず、故に論ぜざるなり。蘭学家の前の数国の王を謂ひて帝と為すは、即ち西夷の称する所の奚瑟爾なる者にして、原邏馬の先祖の名に出づ。蘭学家の訳して帝と為す者は、特に漢字を仮りて以て尊卑の等を分かつのみ。其の実は則ち我が所謂帝の義に非ず、故に今帝国等の字を用ひざるなり)。
現代語訳
このように昔は一つの地域の中で分かれて戦国となったが、今はそれぞれの地域が並び立って、互いに戦国となっている。そこでわが国(中国)と清を除いて、みずから至尊(皇帝)を名乗る国は、ムガル(莫臥兒)、ペルシア(百兒西)、トルコ(度爾格)、ドイツ(熱馬、神聖ローマ帝国)、ロシア(鄂羅)である。これは世界全体が並んで七雄となっているのであって、一つの地域の中で雄を分け合うのとは比べものにならない(蘭学者の説では、以上の七国を西洋人はみな帝国と呼ぶ。そのほかアビシニア(亜毘心域)・モロッコ(馬邏古)・シャム(暹羅)およびジャワのマタラム(瑪荅郎)なども帝国と称する。しかしアビシニアはただ領域が広いことから、モロッコはただイスラムの正統の家系であることから自らを雄としているにすぎない。そして一方は黒人の愚かで粗野な風俗であり、一方は衰え乱れて弱っている。シャムは国は富んでいるが兵力が弱く、マタラムは諸国の要衝ではあるが国が最も小さく弱い。いずれも覇を争うには足りないので論じない。蘭学者が前の数か国の王を「帝」とするのは、西洋人のいうカイザル(奚瑟爾)のことで、もとはローマの祖先の名から出ている。蘭学者が帝と訳したのは、ただ漢字を借りて尊卑の等級を分けただけで、実際にはわが国でいう帝の意味ではない。だからここでは帝国などの字を用いないのである)。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『新論』形勢夫れ方今宇内を挙げて列して七雄と為る。而して周末の所謂七雄なる者と、小大異なりと雖も、其の勢亦絶だ相似たる者有り。鄂羅・度爾の土広く兵強く、壌を接して雄を争ふ者は、秦楚の勢なり。満清の富強にして東方に在る者は斉なり。莫臥児及び百児亜の其の中間に在る者は韓魏なり。熱馬は則ち名位を以て諸蕃の尊奉する所と為ると雖も、其の実は則ち仏郎察・伊斯把・諳厄利諸国と相伯仲す。大なる者は韓魏、小なる者は宋・衛・中山のみ(熱馬は西洋諸蕃より之を視れば、則ち東周の勢に似たる者有り。然れども宇内より大いに之を観れば、則ち宗周の尊有るに非ず、故に爾云ふ)。而して神州は満清の東に在り、猶燕の斉趙に蔽はるるがごとし。然れども今四辺皆賊衝なれば、則ち亦燕の独り兵を受けざるが如くなること能はずして、周の韓魏の郊に在るが如き者有るなり。且つ仏郎察・伊斯把・諳厄利諸国の如きは、其の奉ずる所の法皆鄂羅と同じ(或いは云ふ、諳厄利の奉ずる所は伊斯把等と異なると。然れども皆同宗の別派にして、大いに異なる有るに非ず。而して其の法教を仮りて以て呑併を逞しうするに至りては則ち一なり)。則ち其の動きて相合ふは、必然の勢なり。
-
『新論』形勢方今の戦国、其の回教を挟みて以て其の兵を強くし其の地を広むる者は、莫臥児・度爾格なり。而して度爾最も張る。然れども未だ嘗て一たびも中土を窺はざる者は、其の俗専ら騎戦を務めて、航海の術は其の長ずる所に非ざればなり。西洋は皆邏馬の法を奉じ、仏郎察・伊斯把・雪際亜・諳厄利其の尤なる者にして、熱馬之が祖為り。然れども熱馬既に衰弱し、諸蕃特に名位を以て之を尊奉するのみ。鄂羅斯の若きも、亦嘗て仏郎察等と肩を比べて熱馬に役属す。近時に至りては則ち猖獗特に甚だしく、新たに至尊の号を称す。其の地諸国の東西を包み、神州の東北に綿亙し、毎に度爾と雄を争ふ。然れども猶僻して窮髪の北に在り、未だ志を南方に得ず。
-
『新論』形勢古は人文未だ開けず、夷蛮戎狄、禽獣の相群がるが若く、未だ以て其の沿革を論ずるに足らず。中国は旧国造・県主を建て、各々土疆を守り、中ごろ変じて郡県と為り、又変じて英雄割拠し、沿ひて又封建の勢を成せり。而して虞夏商周の国為る如きも、亦嘗て諸侯を封建し、秦漢以後は郡県の制を為し、世代相襲ひ、小しく沿革有り。虞夏商周は治一に統べ、春秋の如きは則ち交々相盟主と為り、戦国は則ち七雄交々相攻伐し、爾後変革一ならず、具に史書に見ゆ。
-
『新論』形勢百児西嘗て衰乱し、鄂羅為に之を興復し、兵を合はせて度爾を撃破す。百児亜鄂羅と合へば、則ち度爾其の左臂を断たる。鄂羅素より大地の北に弥亙して、之が領襟と為り、今又声勢南海を震はし、大地を中断して、其の咽喉を扼し、度爾をして莫臥児と合ふことを得ざらしむ。満清の威も亦此に限られて、西に被ることを得ず。隣国の権を撓めて、以て四方を嚇し、継絶興滅の義を仮りて、以て其の盛を鳴らす。熾焰の煽る所、百蛮震恐す。是れ其の勢、宇内を席巻して尽く之を臣とするに非ずんば則ち止まざるなり。
-
『新論』形勢変動して居らざるは天地の常道なり。而して万国の両間に在る、形勢の変、豈に窮まり有らんや。夫れ地の大洋に在る、其の大なる者二つ。一は則ち中国及び海西の諸国・南海の諸島是なり(其の地、東は京師以東二十五度の地より起こり、西は京師以西七十五度の地に至る。或いは称して亜細亜・亜弗利加・欧羅巴と曰ふ者は、西夷の私に呼ぶ所にして、宇内の公名に非ず、且つ天朝の命ずる所の名に非ず、故に今言はず)。一は則ち海東の諸国是なり(西は京師以東五十度の地より起こり、東は九十五度の地に至る。或いは称して南亜墨利加・北亜墨利加と曰ふ者も、亦西夷の名づくる所なり)。而して其の中各々区域を分かち、自ら相保ち聚まる者、即ち所謂万国なり。
-
『新論』形勢而して各国皆既に南海の諸島を併せ、海東の地を呑み、大地の勢、日に侵削に就けば、則ち神州の其の間に介居するは、譬へば独り孤城を保ちて、隣敵境に築きて日に将に偪らんとするの勢の如きなり。故に其の殊に擯けざるを得ざる者は、鄂羅に若くは莫し。而して若し度爾能く勢声を以て東方と相犄角を為さば、則ち其の力以て鄂羅の東侵を禁ずるに足る。莫臥児も亦度爾と力を戮せて、同じく百児西の地を争ふことを得ば、則ち亦以て鄂羅を制するに足る者有り。若し夫れ未だ嘗て回回・邏馬の法に沾染せざる者は、則ち神州の外、独り満清有るのみ(朝鮮・安南等の諸国の如きも、亦頗る能く特立して、未だ妖法に変ぜず。然れども其の国弱小にして、本数ふるに足らず、故に論ぜざるなり)。是を以て神州と相唇歯を為す者は清なり。夫れ方今天下の形勢、大略此くの如し。善く其の勢に処し其の変に応じ、内は以て守禦の備を設け、外は以て伐謀伐交の計を施すが如きに至りては、則ち将相を択任すと曰ふのみ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る