新論 / 形勢
而古者其所稱戎狄者、禽擧獸走、不過時爲寇害、而玁狁之禍、虞夏之所無、若匈奴、商周之所未有、吐蕃回紇、則秦漢未有之、契丹女眞蒙古、則隋唐未有、而至如西洋諸蕃絶海萬里而相併吞、則亦宋元之所未嘗有也、人文漸開、則夷狄者亦漸知設條敎立規制、其高城深池、非古之究廬、鉅礮大艦、非古之騎射、回回邏馬之敎法、非古之威驅利誘麕至鳥散者、各雄據一方、合從連衡、欲擧宇内歸一敎、非復逐水草轉移之類也、
新字:而古者其所称戎狄者、禽挙獣走、不過時為寇害、而玁狁之禍、虞夏之所無、若匈奴、商周之所未有、吐蕃回紇、則秦漢未有之、契丹女真蒙古、則隋唐未有、而至如西洋諸蕃絶海万里而相併呑、則亦宋元之所未嘗有也、人文漸開、則夷狄者亦漸知設条教立規制、其高城深池、非古之究廬、鉅礮大艦、非古之騎射、回回邏馬之教法、非古之威駆利誘麕至鳥散者、各雄拠一方、合従連衡、欲挙宇内帰一教、非復逐水草転移之類也、
書き下し
而して古其の戎狄と称する所の者は、禽のごとく挙がり獣のごとく走り、時に寇害を為すに過ぎず。而るに玁狁の禍は虞夏の無き所、匈奴の若きは商周の未だ有らざる所、吐蕃・回紇は則ち秦漢未だ之有らず、契丹・女真・蒙古は則ち隋唐未だ有らず。而して西洋諸蕃の海を絶つこと万里にして相併呑するが如きに至りては、則ち亦宋元の未だ嘗て有らざる所なり。人文漸く開くれば、則ち夷狄も亦漸く条教を設け規制を立つることを知る。其の高城深池は古の究廬に非ず、鉅砲大艦は古の騎射に非ず、回回・邏馬の教法は古の威駆利誘して麕至鳥散する者に非ず。各々一方に雄拠し、合従連衡して、宇内を挙げて一教に帰せしめんと欲す、復た水草を逐ひて転移するの類に非ざるなり。
現代語訳
昔、戎狄と呼ばれた者たちは、鳥のように飛び立ち獣のように走り回り、ときどき侵入して害をなすにすぎなかった。ところが玁狁(周代の北方民族)の禍いは虞・夏の時代にはなく、匈奴のようなものは殷・周の時代にはなく、吐蕃(チベット)・回紇(ウイグル)は秦・漢の時代にはなく、契丹・女真・蒙古は隋・唐の時代にはなかった。そして西洋諸国が万里の海を越えて互いに併呑し合うようなことは、宋・元の時代にもなかったことである。文明がしだいに開けると、異民族もしだいに法令を設け制度を立てることを知るようになる。その高い城や深い堀は昔のテント(穹廬)ではなく、巨大な大砲や大艦は昔の騎馬と弓ではなく、イスラム教やローマ(カトリック)の教えは、昔のように威しで駆りたて利益で誘い、鹿のように群がっては鳥のように散るものではない。それぞれが一方に雄として拠り、手を結んだり離れたりしながら、世界全体を一つの教えに帰させようとしている。もはや水と草を追って移り住む遊牧の類ではないのである。
解説
この章句が説くこと
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