新論 / 形勢
方今戰國、其挾回敎以強其兵廣其地者莫臥兒度爾格也、而度爾最張、然未嘗一窺 中土者、其俗專務騎戰、而航海之術非其所長也、西洋皆奉邏馬法、佛郎察伊斯把雪際亞諳厄利其尤者、而熱馬爲之祖、然熱馬既衰弱、諸蕃特以名位而尊奉之已、若鄂羅斯、亦嘗與佛郎察等比肩役屬熱馬、至近時則猖獗特甚、新稱至尊之號、其地包諸國之東西、綿亙 神州之東北、毎與度爾爭雄、然猶僻在窮髮之北、未得志於南方、
新字:方今戦国、其挟回教以強其兵広其地者莫臥児度爾格也、而度爾最張、然未嘗一窺 中土者、其俗専務騎戦、而航海之術非其所長也、西洋皆奉邏馬法、仏郎察伊斯把雪際亜諳厄利其尤者、而熱馬為之祖、然熱馬既衰弱、諸蕃特以名位而尊奉之已、若鄂羅斯、亦嘗与仏郎察等比肩役属熱馬、至近時則猖獗特甚、新称至尊之号、其地包諸国之東西、綿亙 神州之東北、毎与度爾争雄、然猶僻在窮髪之北、未得志於南方、
書き下し
方今の戦国、其の回教を挟みて以て其の兵を強くし其の地を広むる者は、莫臥児・度爾格なり。而して度爾最も張る。然れども未だ嘗て一たびも中土を窺はざる者は、其の俗専ら騎戦を務めて、航海の術は其の長ずる所に非ざればなり。西洋は皆邏馬の法を奉じ、仏郎察・伊斯把・雪際亜・諳厄利其の尤なる者にして、熱馬之が祖為り。然れども熱馬既に衰弱し、諸蕃特に名位を以て之を尊奉するのみ。鄂羅斯の若きも、亦嘗て仏郎察等と肩を比べて熱馬に役属す。近時に至りては則ち猖獗特に甚だしく、新たに至尊の号を称す。其の地諸国の東西を包み、神州の東北に綿亙し、毎に度爾と雄を争ふ。然れども猶僻して窮髪の北に在り、未だ志を南方に得ず。
現代語訳
現在の戦国の世で、イスラム教を背景に兵を強め領土を広げているのはムガルとトルコであり、なかでもトルコが最も勢いがある。しかし一度もわが国(中土)をうかがったことがないのは、その風俗がもっぱら騎馬戦を務めとし、航海の術は得意ではないからである。西洋はみなローマの教え(カトリック)を奉じ、フランス(佛郎察)・スペイン(伊斯把)・スウェーデン(雪際亞)・イギリス(諳厄利)がその主なもので、ドイツ(熱馬)がその祖である。しかしドイツはすでに衰え、諸国はただ名目上の地位によってこれを尊んでいるにすぎない。ロシア(鄂羅斯)も、かつてはフランスなどと肩を並べてドイツに従属していたが、近ごろはとりわけ勢いが激しく、新たに至尊(皇帝)の号を名乗っている。その領土は諸国の東西を包み、神州の東北に長く連なり、しばしばトルコと覇を争っている。しかしなお北の果ての地に偏っていて、南方ではまだ思いを遂げていない。
解説
この章句が説くこと
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『新論』形勢百児西嘗て衰乱し、鄂羅為に之を興復し、兵を合はせて度爾を撃破す。百児亜鄂羅と合へば、則ち度爾其の左臂を断たる。鄂羅素より大地の北に弥亙して、之が領襟と為り、今又声勢南海を震はし、大地を中断して、其の咽喉を扼し、度爾をして莫臥児と合ふことを得ざらしむ。満清の威も亦此に限られて、西に被ることを得ず。隣国の権を撓めて、以て四方を嚇し、継絶興滅の義を仮りて、以て其の盛を鳴らす。熾焰の煽る所、百蛮震恐す。是れ其の勢、宇内を席巻して尽く之を臣とするに非ずんば則ち止まざるなり。
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『新論』形勢夫れ方今宇内を挙げて列して七雄と為る。而して周末の所謂七雄なる者と、小大異なりと雖も、其の勢亦絶だ相似たる者有り。鄂羅・度爾の土広く兵強く、壌を接して雄を争ふ者は、秦楚の勢なり。満清の富強にして東方に在る者は斉なり。莫臥児及び百児亜の其の中間に在る者は韓魏なり。熱馬は則ち名位を以て諸蕃の尊奉する所と為ると雖も、其の実は則ち仏郎察・伊斯把・諳厄利諸国と相伯仲す。大なる者は韓魏、小なる者は宋・衛・中山のみ(熱馬は西洋諸蕃より之を視れば、則ち東周の勢に似たる者有り。然れども宇内より大いに之を観れば、則ち宗周の尊有るに非ず、故に爾云ふ)。而して神州は満清の東に在り、猶燕の斉趙に蔽はるるがごとし。然れども今四辺皆賊衝なれば、則ち亦燕の独り兵を受けざるが如くなること能はずして、周の韓魏の郊に在るが如き者有るなり。且つ仏郎察・伊斯把・諳厄利諸国の如きは、其の奉ずる所の法皆鄂羅と同じ(或いは云ふ、諳厄利の奉ずる所は伊斯把等と異なると。然れども皆同宗の別派にして、大いに異なる有るに非ず。而して其の法教を仮りて以て呑併を逞しうするに至りては則ち一なり)。則ち其の動きて相合ふは、必然の勢なり。
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『新論』形勢而して各国皆既に南海の諸島を併せ、海東の地を呑み、大地の勢、日に侵削に就けば、則ち神州の其の間に介居するは、譬へば独り孤城を保ちて、隣敵境に築きて日に将に偪らんとするの勢の如きなり。故に其の殊に擯けざるを得ざる者は、鄂羅に若くは莫し。而して若し度爾能く勢声を以て東方と相犄角を為さば、則ち其の力以て鄂羅の東侵を禁ずるに足る。莫臥児も亦度爾と力を戮せて、同じく百児西の地を争ふことを得ば、則ち亦以て鄂羅を制するに足る者有り。若し夫れ未だ嘗て回回・邏馬の法に沾染せざる者は、則ち神州の外、独り満清有るのみ(朝鮮・安南等の諸国の如きも、亦頗る能く特立して、未だ妖法に変ぜず。然れども其の国弱小にして、本数ふるに足らず、故に論ぜざるなり)。是を以て神州と相唇歯を為す者は清なり。夫れ方今天下の形勢、大略此くの如し。善く其の勢に処し其の変に応じ、内は以て守禦の備を設け、外は以て伐謀伐交の計を施すが如きに至りては、則ち将相を択任すと曰ふのみ。
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『新論』形勢故に古は一区の中に就きて分かれて戦国と為り、今は則ち各区並び立ちて、交々戦国と為る。是を以て中国及び満清を除くの外、自ら至尊と号称する者、莫臥児と曰ひ、百児西と曰ひ、度爾格と曰ひ、熱馬と曰ひ、鄂羅と曰ふ。是れ宇内を挙げて列して七雄と為る、雄を一区に分かつの比に非ざるなり(蘭学家の説に、以上の七国、西夷皆称して帝国と為す。而して其の他、亜毘心域・馬邏古・暹羅及び瓜哇の瑪荅郎等の如きも、亦帝国と称す。然れども亜毘心域は特に其の地域の広大なるを以てし、馬羅古は特に回子の正系なるを以て自ら雄とす。然れども一は則ち黒人愚陋の俗、一は則ち衰乱削弱、而して暹羅は則ち其の国富むと雖も兵力劣弱、瑪荅郎は則ち諸蕃の要会なりと雖も国最も弱小、皆以て雄を争ふに足らず、故に論ぜざるなり。蘭学家の前の数国の王を謂ひて帝と為すは、即ち西夷の称する所の奚瑟爾なる者にして、原邏馬の先祖の名に出づ。蘭学家の訳して帝と為す者は、特に漢字を仮りて以て尊卑の等を分かつのみ。其の実は則ち我が所謂帝の義に非ず、故に今帝国等の字を用ひざるなり)。
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『新論』形勢且つ古より漢土を病ましむる者は西羌・北胡、前に五胡の乱有り、後に沙陀・契丹・女真・蒙古有り、遂に其の地を践みて皇帝を称するに至る。今鄂羅既に羌胡の勢を兼ね挟めば、其の勢清を図らざるを得ず。然れども清猶強盛にして、未だ間し易からず、故に顧みて神州に涎す。彼其の勢、志を神州に得て、然る後に我が民を駆りて以て閩浙を擾すこと、往時の海賊の明人の倭寇と称する所の者の如くし、而して清の東南を罷弊せしめ、釁に乗じて哈密・満洲等の地を取り、直ちに北京を衝かんと欲するのみ。是くの如くなれば則ち満清も亦将に支ふること能はざらんとす。虜能く満清の地を得れば、則ち莫臥児を覆し百児を提げて、度爾を殪すこと、枯るるを拉くが如きなり。
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『新論』形勢或いは東方未だ間し易からず、而して満清も亦未だ以て遽かに克つべからずんば、則ち彼将に先づ西方を事とせんとす。西方に釁有れば、則ち百児と度爾を図り、若し能く之に克たば、則ち南のかた莫臥児を襲ひ、満清と準噶爾の故地を争ひて、長駆して清に臨まん。既に清に克つことを得ば、則ち将に艦を連ねて以て神州に偪らんとす。此の二策は、或いは東よりして西し、或いは西よりして東す。虜将に時を相て変を察して其の一を用ひんとす。一能く済ること有らば、則ち宇内を臣とするの形成らん。是を以て二策に於いて、其の易き者を先にせんと欲す。故に数々神州を窺伺して、以て難易を嘗む。而して航海の術は固より其の長ずる所にして、狂瀾怒濤を忌むこと無し。既に度爾を陸戦に挫き、諸島を海外に収め、方に神州と隣を為す。此に由りて之を観れば、其の深患を為す所以の者、復た女真・蒙古の比に非ざること知るべきのみ。疆を保ち辺を安んずる者、豈に古今形勢の変を審らかにして之に応ずる所以の術を求めざるを得んや。
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