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新論 / 國體中

或曰、使末養強、恐生尾大之患、臣謂英雄之用天下、相時弛張、雖解脱羈絆縱其所欲爲、而天下不敢動搖者、其襟胸恢廓、足處天下之變、紀綱振肅、足制天下之死命也、今天下既知 幕府英斷、感憤激勵、孰敢不俯伏奉命、於是大推赤心、與天下同其休戚、使天下得各自養其強、天下豈有不奔走趨令者哉、萬一有兇頑桀驁恃強拒命者、則率天下忠義士、以征討之、可一指揮而定也、且夫所謂養強於國邑者、豈必盡革舊制空都城而皆遣歸之之謂哉、前賢往往論兵宜土着、其見雖卓、而以郡縣之制論封建之勢、有未可施行者、臣別有所見、今未具論焉、

新字:或曰、使末養強、恐生尾大之患、臣謂英雄之用天下、相時弛張、雖解脱羈絆縦其所欲為、而天下不敢動揺者、其襟胸恢廓、足処天下之変、紀綱振粛、足制天下之死命也、今天下既知 幕府英断、感憤激励、孰敢不俯伏奉命、於是大推赤心、与天下同其休戚、使天下得各自養其強、天下豈有不奔走趨令者哉、万一有兇頑桀驁恃強拒命者、則率天下忠義士、以征討之、可一指揮而定也、且夫所謂養強於国邑者、豈必尽革旧制空都城而皆遣帰之之謂哉、前賢往往論兵宜土着、其見雖卓、而以郡県之制論封建之勢、有未可施行者、臣別有所見、今未具論焉、

書き下し

或ひと曰く、末をして強を養はしめば、恐らくは尾大の患を生ぜんと。臣謂へらく、英雄の天下を用ゐるや、時を相て弛張す。羈絆を解脱して其の為さんと欲する所を縦にすと雖も、而も天下敢へて動揺せざる者は、其の襟胸恢廓にして、天下の変に処するに足り、紀綱振粛して、天下の死命を制するに足ればなり。今天下既に幕府の英断を知り、感憤激励す。孰か敢へて俯伏して命を奉ぜざらん。是に於て大いに赤心を推して、天下と其の休戚を同じくし、天下をして各々自ら其の強を養ふを得しめば、天下豈に奔走して令に趨かざる者有らんや。万一兇頑桀驁にして強を恃み命を拒む者有らば、則ち天下の忠義の士を率ゐて、以て之を征討せば、一指揮して定むべきなり。且つ夫れ所謂強を国邑に養ふとは、豈に必ずしも尽く旧制を革め都城を空しくして皆之を遣はし帰すの謂ならんや。前賢往々兵は宜しく土着すべしと論ず。其の見卓なりと雖も、而も郡県の制を以て封建の勢を論ず。未だ施行すべからざる者有り。臣別に見る所有り、今未だ具に論ぜず。

現代語訳

ある人が言う。「地方に力を養わせれば、尾が大きすぎて振れなくなる(地方が強すぎて中央が制御できなくなる)恐れがある」と。私はこう考える。英雄が天下を動かすときは、時勢を見て緩めたり締めたりする。束縛を解いて思うままにさせても天下があえて揺らがないのは、その胸の内が広々として天下の変事に対処でき、規律が引き締まって天下の生死を握るに足るからである。いま天下はすでに幕府の英断を知り、感激し奮い立っている。誰が平伏して命に従わないことがあろうか。そこで大いに真心を推し広めて、天下と喜びも憂いも共にし、天下の者がそれぞれ自ら力を養えるようにすれば、天下に駆けつけて命令に従わない者などいるだろうか。万一、凶悪で傲慢な者が力を頼んで命令を拒むことがあれば、天下の忠義の士を率いて討伐すれば、一たび指揮するだけで平定できる。それに、ここでいう「国や領地で力を養う」とは、必ずしも旧来の制度をことごとく改め、城下を空にして武士を皆領地に帰すという意味ではない。前代の賢者はしばしば、兵は土着すべきだと論じた。その見識は優れているが、郡県制の考えで封建の形勢を論じているので、実施できない点がある。私には別の考えがあるが、今は詳しく論じない。

解説

地方を強くすれば中央が制御できなくなるという「尾大の患」(『春秋左氏伝』昭公十一年の「尾大なれば掉はず」に由来)への反論である。正志斎は、度量と規律があれば束縛を緩めても天下は乱れず、幕府が真心をもって天下と休戚を共にすれば諸侯は従うと説く。兵の土着論は熊沢蕃山や荻生徂徠らが唱えたものとみられ、正志斎はその卓見を認めつつ、封建の実情に合わないと距離を置く。現代でいえば、権限委譲を恐れる声に対し、信頼と明確な規律によって分権を成り立たせる道を示す議論である。

この章句が説くこと

分権尾大規律信頼強兵新論

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